2026年6月10日大分合同新聞東西南北コラムニスト康から
大分合同新聞東西南北に厳しい批評するとGoogleポリシー違反。主張する表現・思想・言論の自由を、マスメディアがこんなかたちで読者の声を萎縮させる一例。
大分合同新聞東西南北2026年6月10日付は、将棋の「棋譜を汚さない」という礼儀作法を引き合いに出し、高市早苗首相の中傷動画疑惑を叩き、結びで野党の追及不足を嘆いてみせた。
しかしこのコラムの根底にあるのは、過去の二重基準と風向き次第で主義主張を変える大分合同新聞の気味の悪さだ。
面識を巡る徹底した二重基準と冤罪製造の気味悪さ
コラムは高市氏を鉄面皮と断定しているが、その根拠となる週刊文春の報道は、納得できるものではない。
動画の実態は見当たらず、渦中の人物本人が依頼を明確に否定し、公開した音声では疑惑の立証は不可能だ。野党すらもブーメランを恐れ、追及の論点を「虚偽答弁ではないかという面識の有無」にすり替えた。
そもそも追及する側が立証すらできない疑惑に対して、なぜ無条件で「参りました」と頭を下げなければならないのか?
事実の裏付けもないまま、憶測と個人的な憎悪だけで相手を鉄面皮と罵倒し、自白を強要する。コラムニスト康氏の思考回路は、まるで「冤罪を有罪に持ち込もうとする悪徳な警察や検察」のようであり、読んでいて背筋が寒くなるほどの気味悪さを感じる。
では、大分合同新聞は「政治家と問題人物の面識」に対して、常にこれほど厳しい視線を向けているのだろうか?
答えは否だ。
反社と「面識がある疑惑」の現役国会議員と大分市長
例えば、大分県選出の吉田忠智議員は、足立大分市長が官製談合事件で「恫喝をする反社」として認定した部落解放同盟の関係者と、旧Twitter上で堂々と写真に収まっていた。
現役首長が認定した反社と面識がある国会議員が爆誕中である。

さらにその足立市長自身も、国会議員時代に特定野党として同団体と選挙協力を結んでおり、「面識がある」疑惑が急浮上することになる。
つまり「国会議員も現役首長も反社と面識がある大分の疑惑」が、県内に存在しているのだ。
足立市長に関して疑惑の筋からもっと指摘すれば、特定野党の連携が崩れて国会議員の議席を失った。その意趣返しとして、大分市長になって同団体を反社認定した「たくましい疑惑」も生じることになる。
もっと指摘しておこう。
平和憲法を標榜しながら「私に反対なら銃を持って戦争に行ってください」という暴言を吐いた吉良州司氏(元衆院議員)の異常な言動についても、同紙は頑なに無視を貫き、批判を封印し続けた。

天邪鬼な性格と前置きし、エリート層から多くの賛同が寄せられる(自称)民主主義国家に生まれた怪奇な議員・有志の会代表大分一区の吉良州司さんを知る努力。
あなた方が主張する「揺らぐ民主主義の根幹」として、大分マスメディアはどこも問題にしていない。
反自民思想として、推したい政治家の「面識」や「不祥事」には徹底して目をつぶる一方で、敵対陣営の政治家に対しては、綻びだらけな週刊誌報道の面識疑惑に全乗りし、高市首相を鉄面皮と誹謗中傷する。
大分合同新聞はどこに向かおうとしているのか?
独自の将棋を強要される野党への同情と風見鶏の不気味さ
さらに理不尽で気持ちが悪いのは、コラムの結びで唐突に「野党には詰め切る力がない」と野党批判を展開している点だ。
そもそも誹謗中傷動画の存在すら不確かな疑惑で、相手を詰ませることなど不可能である。中道改革連合は、それをわかっていてやっているのだ。
盤上に駒すら揃っていないのに「なぜ相手の玉を取らないのか」と責め立てるのは無理がある。大分合同新聞は、野党にルール無用の独自の将棋でも始めろと要求しているのだろうか?
政界引退した吉良氏のように「銃を持たせる」のが、大分合同新聞を含めた反自民の流儀であることを忘れてはいけない。
これまで頑なに野党を批判してこなかった大分合同新聞が、世間の野党のだらしなさへの批判が高まる社会の空気を読み、野党を叩き始めた。
しかし叩く理由が「立証できない疑惑」では、あまりにも筋が悪い。今回ばかりは初めて中道改革連合に同情してしまった。こんな理不尽なマスメディアから的外れな批判を受ける中道改革連合が、かわいそうでならない。
中道改革連合は立証できないことをわかっていて、パフォーマンスの一環でやっている。そんな彼らを追い込まないで欲しい。
大分における反自民の流儀は、「銃を持たせる」のだから。
社会の空気が右と言えば右を向き、左と言えば左を向く。自らの足で事実を検証することもなく、世間の空気に同調して安全地帯から石を投げる。
彼らには独自のジャーナリズム精神という棋譜は、最初から存在しない。
みんなで渡れば怖くないとばかりに、そのうち赤信号でさえ平気で逆立ちしながら渡り始めるだろう。
同じ命が奪われた事故でも、時速100キロ死亡事故には優しいけれど、世論が沸騰した時速194キロ死亡事故だけは重罪にしようと騒ぎ立てた。その結果、100キロ死亡事故で安直に行った被告人擁護で、194キロ死亡事故の遺族は苦しむことになった。
大分合同新聞とその担当記者は、頭を下げていない。反省すらしない。

風見鶏ジャーナリズムがどんな結果を招くのかを、大分合同新聞はまったく学ばない。恥じることなく学ばないのだ。
将棋を穢すイタコ芸が得意な大分合同新聞東西南北コラムニスト康氏
自分の言葉で語ることを避け続け、政治思想や主張がはっきりしない著名人などを政治批判に強引に結びつけ、イタコ芸が得意な大分合同新聞の宗教法人化を目指しているであろうコラムニスト康氏。
今回は、将棋界や藤井聡太六冠の名前を自分勝手な鬱憤晴らしの道具として消費した。

ごまかしが一切きかない将棋の美しい世界観を語りながら、当の本人が最もごまかしと二重基準に満ちた、怠慢で醜悪なコラムを書いている。
自身の論理破綻した思想が招いてきた満たされない日常と、風見鶏のようなご都合主義で、コラムニスト康氏は大分合同新聞の紙面をいつまで汚し続けるのだろうか?
「宗教法人化を目指すイタコ芸が得意なおまえのブログか、高市陣営誹謗中傷疑惑で熱狂しているヤフコメに書いとけ」レベルである。

