2026年7月15日大分合同新聞東西南北
大分合同新聞東西南北(2026年7月15日付)は、高市政権に対する抗議デモに触れた。
東京大学大学院の女性教授がマイクを握って放った「そこをどけ」という言葉を、「今年の流行語大賞の有力候補になるだろう」と大絶賛している。
確かに、今の日本は物価高で生活が苦しい。大分市中心部で声を上げた約70人のデモ参加者の気持ちも、痛いほどよくわかる。
主権者たる国民が、生活の疲弊を訴え、時の権力者に対して「そこをどけ」と声を上げる。これこそ健全な民主主義の姿であり、彼らの切実な訴えに寄り添うコラムニスト康氏には、思わず胸が熱くなる思いがした。
しかし「そこをどくわけにはいかない」のである。
大分が突きつけてきた確かな民意という現実
コラムニスト康氏は「国民の多くは生活に疲弊」と、デモ参加者の声を代弁する。しかし大分県民は本当に、心から「生活苦の救済」や「弱者への眼差し」を求めているのだろうか?
ここで、大分が誇っていた首班指名に名が挙がるが2026年衆院選で落選し政界引退した世界を知る男である大分1区・吉良州司氏の過去の言動を振り返ってみよう。

天邪鬼な性格と前置きし、エリート層から多くの賛同が寄せられる(自称)民主主義国家に生まれた怪奇な議員・有志の会代表大分一区の吉良州司さんを知る努力。
「賃金は上げなくていい。努力しない人に上げる必要はない」 「金利が上がって倒産する中小企業はそこまでの存在。国は助けなくていい」 「金利で苦しむ現役世代よりも、貯蓄がある高齢者優遇を」 「私に反対なら、銃を持って戦争に行ってください」
これが、大分のリアルな政治的土壌であり、選挙で認めた2026年2月までの確かな民意だった。
憲法9条護憲を掲げ、「生活が苦しい」とデモを練り歩く大分の約70人の参加者たちは、この「弱者切り捨て」「自己責任論」「反対したら銃を持って戦争に行け」を公言する地元政治家を長年黙認し、あるいは熱烈に支持してきた事実がある。
「生活苦なんてどうでもいい。反対するなら死ね」という文脈で一蹴する地元政治家の暴論を黙認し、中央の政権ばかりを安全地帯から叩く。
そんな底の浅い欺瞞と政治的な知性の低さを見せつけられると、彼らにこう言いたくなる。
「そこをどいてください」と。
いつから大分市内のデモは、政治的主張ではなく不快感を与える表現行動になったのだろうか?目立ちたいために迷惑行為をする集団との違いがわからない。
主語の大きさと民意のすり替え
そしてこのような絶望的な大分の言論空間を作り出し、読者の視線を濁らせている最大の元凶こそ、大分合同新聞東西南北のコラムニスト康氏である。
今回のコラムの異常性は、その「主語の極端な拡大」にある。
大分市中心部に集まった政治的に明らかに知性が低い約70人のデモを指して、「国民の多くは生活に疲弊」と、あたかも日本国民全体の総意であるかのように話をすり替えている。
一方で、吉良氏の暴言を許容してきた大分1区のリアルな民意や矛盾には、一切触れようとしない。少なくてもデモが行われた大分市がある大分1区の民意は「生活苦なんてどうでもいい」が確立し続けていたではないか?
自らのイデオロギーに合致する70人の声だけを切り取り、「これが民意だ」と拡声する。それはジャーナリズムではなく、単なる扇動だ。
分断を批判しながら自ら煽る矛盾
さらに滑稽なのは、康氏がコラム内で「差別や排斥の言動が分断を深める」と批判している点だ。
「生活を第一に考える善良な市民(デモ参加者)」対「皇室典範改正や副首都構想ばかり考える政権・岩盤保守層」という、極端な善悪の二項対立。このレッテル貼りを行っているのは、他ならぬ康氏自身である。
「そこをどけ」対「そこにいろ」という対立構造を面白おかしく描き、東大教授の放った「そこをどけ」という攻撃的で排他的な言葉を美化する。
政権の分断を嘆くふりをしながら、自らが最も分断をエンタメ化し、読者を煽っているという自己矛盾に、康氏は気づいていないのだろうか?
ネットニュース虎ノ門ニュースで取り上げられた「今上天皇の『今上』を名字」と答えたという逸話がある大分合同新聞なので、皇室典範改正なんてどうでもいいのだろう。東京の一極化を批判していたこともあった大分合同新聞東西南北は、今回は「必要がない」の論調に変わったのだろう。
しかし日本にとって、国民の疲弊と同時にどちらも先送りできない重要な問題である。
大分合同新聞のこの知性が低い矛盾は、どうすれば解消するのだろうか?大分県民の主権者教育に害悪しかならないコラムである。
コラムニスト康氏は大分合同新聞東西南北から退場を
コラムの結びで、康氏は「高市首相にそこにいろと命じたのはわれわれ有権者に他ならない。強権政治がもたらす悲喜を、私たちはリアルに教わっている」と、主権者教育の必要性を説いている。
冗談ではない。
自らに都合の悪い地元政治家の暴言は隠蔽し、それを黙認という支持をし続けた矛盾した明らかに政治的に知性の低い大分市内のデモ隊には一切触れない。イデオロギーにまみれた大きな主語で県民の視線を濁らせる。
真の主権者を苦しめ、大分の政治的リテラシーを歪めている直接的な原因は、康氏のコラムそのものだ。
あなたが大絶賛した「5文字」は、時の政権にではなく、そっくりそのままあなた自身に突き返されるべき言葉である。
コラムニスト康氏は大分合同新聞東西南北という特等席から「そこをどけ」。
ヤフコメかXが康氏の主戦場だ。そこで戦って欲しい。


