東日本大震災から10年 大分合同新聞に登場した女性教諭に感化されて生まれた強烈な違和感

9日大分合同新聞朝刊から
大分合同新聞の記事を引用し批判するとGoogleからポリシー違反
大分合同新聞東西南北の誤字、反論のためにコラムをスクショで掲載すると、Googleからポリシー違反。護憲派教育者が税金で言論封殺を起こす大分なのに、都合が悪くなると著作権を持ち出すのもこの県の質。フェイクニュースっておまえらが言うから、改ざんしていないコラムが必要じゃん。

大分合同新聞の東日本大震災から10年を迎える企画に登場したキュートな小学校女性教諭の記事がとても良かったです。

日教組教育者が政治イデオロギーの違いだけで教諭を育成する大分大学のIP偽装し税金で言論封殺を仕掛けても、「初めて知りました!」で問題にならない大分に戻ってきた女性教諭。

こんな先生がいれば僕はきっと違った人間になれたかもしれません。

こんな話を思い出しました。

大きなクスノキが職員室に向かって倒れたらいいのに。

小学生の彼はそういうと、いじめられっ子は柔らかい笑い方をした。彼にとって今日は初めてが多い。

つい最近存在を知った同級生のいじめられっ子が笑うこと。そして彼に向けて先生が吐いた「異端児」という言葉。

彼は今日初めての人間を知る。

「大きなクスノキ」というお話、今度したい。

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大分合同新聞が東日本大震災から10年を語る

女子中高生にスリーサイズを聞いていたのにMeToo運動や女性蔑視を語る大分合同新聞に、「子どもたちに語り継ぎたい」とキュートな女性教諭が登場する「どこにも真似できない大分」

これについて語るのもやめる気はないのですが、ちょっとあの日に触れておきましょう。

大分もあの日を境に街の明かりが弱くなりました。

大好きなラジオも特番で、通常に戻ったのは約1週間後。基本的人権の根幹である表現の自由で生きる人たちの矜持を感じました。

オードリーのオールナイトニッポンは漫才から始まる。安部礼司では「笑えー!」と怒鳴り声が流れてくる。

けっして綺麗ではない。不快になった人もいるでしょう。それでも癒やされる人たちがいる。

被災地の方たちが「それでいい」ことを遠く離れた大分から知りました。それぞれの役割があり、人それぞれに生きていることに価値を見出すことができました。

日本に生まれた良かったと複雑な感情が生まれたのも、未曾有の災害である東日本大震災です。

問題を解決ではなく提起もおぼつかない大分県

コロナ禍において、日本の良さはどんどん希薄になっていると感じます。

表現の自由で生きる人たちが星野源さんに乗っかった安倍前首相の意味不明動画に「不謹慎」だと顔を真っ赤にして糾弾。不倫騒動が社会問題になる。森氏騒動であった無価値な争い。

コロナ禍と東日本大震災が同等の災禍と評価できないでしょうが、あのときにみせた「人間としての強さ」を、いまの日本そして大分は持ち合わせているのでしょうか?

女子中高生にスリーサイズを聞いていた新聞社が大分トリニータのスポンサー。こんな大分県こそ、森氏騒動がいかに無価値の模範であるのかの証明になります。

問題を解決しようとはしない。糾弾と同情が解決方法だと本気で信じている人が増加。問題提起すらおぼつかない。何が問題であるのかをその問題で騒いでいた自分から感じ取ることができない。そしてダブルスタンダード。

これらの致命的な個性が、社会問題に取り組むマスメディアやジャーナリズム、そして政治家に蔓延している日本と大分県です。

「大分の問題」になる基準と強烈な違和感

良心的なキュートな女性教諭が登場した大分合同新聞は、コロナ禍で大失態を犯しました。

医療従事者と県関係者に向けた読者の罵詈雑言の声を制御することなく、ひたすら黙認。全体主義として登場した「医療従事者に感謝を」に乗っかり、何事もなかったようにそれらの記事はネット上から消えました。

東日本大震災に感じた誰かが誰かを補っていく一体感が、このコロナ禍において薄れていると感じた大分の出来事です。

これが問題にならないのが大分県で「コロナと人権」が語られるのですから、着地点がわからないパラシュートに乗って読書をしている気分になります。

東日本大震災から10年。

大分合同新聞の紙面に登場した県民の声に触れて感化されましたが、同時に「すげー大分になっているな」と感じたのが本音です。

こんな人間性に優れている人たちが、「大分の問題」を問題にしない大分合同新聞に登場しているのですから。

とどのつまり「大分の問題」とは、大分合同新聞が基準となっています。待機児童全国ワースト8位の大分市の4年前、当時の市議会選でこの新聞社は「喫緊の課題なし」としました。

市が必死になって取り組んだ待機児童問題ですが、目標に届かなかった時、鬼の首を取ったように批判したのもこの新聞社です。

こんな新聞社が良心的な大分県民を登場させ、未曾有の災害で最後の拠り所となる人間性で紙面を飾る。

明日で東日本大震災から10年を迎える僕の強烈な違和感です。

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