
2026年9月18日付の大分合同新聞東西南北。コラムニスト康氏は、インナーパンツをめぐる盗撮事件から始まり、元塾講師や陸上自衛隊別府駐屯地の隊員による県内の性犯罪を並べ立てた。
そして「理性と道理と人倫を越えた先に『全てを失う自分』がいることを想像できない。アウトだ」と厳しく断罪している。
2026年9月18日大分合同新聞東西南北イタコ芸が得意なコラムニスト康氏から
大分合同新聞東西南北に厳しい批評するとGoogleポリシー違反。主張する表現・思想・言論の自由を、マスメディアがこんなかたちで読者の声を萎縮させる一例。
一見すると真っ当なモラルを説いているようだが、このコラムには大分合同新聞の醜悪な二重基準と隠蔽体質が凝縮されている。
まずわざわざ別府駐屯地の自衛隊員を引き合いに出す手法だ。
過去に自衛隊を「キショク悪い」と揶揄したように、康氏は自身の偏ったイデオロギーに基づき、自衛隊を叩きやすい便利なサンドバッグ化している。叩きたい相手には容赦なく牙を剥くのがこのコラムニストの卑劣な常套手段だ。
また本当に「アウト」なのは、他者の性犯罪を偉そうに断罪する大分合同新聞の姿勢である。
康氏は性欲を自制できない者を切り捨てるが、そもそも大分合同新聞は、かつて女子中高生を含む県民女性にスリーサイズを聞いて回るという、卑劣なセクハラ・性的搾取企画「Kawainfo」を平然と展開していた。
そしてその倫理観に向き合うことなく、MeToo運動に参加した恥知らずな新聞社が大分合同新聞である。
さらにキショク悪いのは、自社社員が性犯罪で逮捕された際の報道姿勢だ。

コラム内で康氏は、先生の犯歴について「列挙するには紙幅が足りない」と嘆いた。しかし自社社員が逮捕された際、それを読者の関心を引く「新聞を読め」の一面に掲載する紙幅は確実にあったはずだ。
他者の犯罪は声高に報じながら、身内の不祥事となれば、インデックスすら掲載せず、社会面にしれっと紛れ込ませる。

他の先生方の性犯罪は嬉々としてインデックスに掲載していたが、学校で大分合同新聞を読ませていることから、あなた方も「気持ちが悪い性犯罪の先生」である自覚はないのだろうか?
高市首相への憎悪に満ちた妄想のフィクションコラムには一面の看板枠を贅沢に使うくせに、自社の不都合な真実を読者に知らせるための「せめて新聞の一面だけはリード文だけでも読め」の紙幅だけは、都合よく足りなくなるのだ。

日頃から自民党の隠蔽体質を激しく批判している大分合同新聞だが、自分たちがやっていることと一体どこに違いがあるのか?
社会の公器を自称しながら、メディアとしての自浄作用など微塵も機能していない。自社のセクハラや身内の性犯罪を真摯に清算もせず、ひたすらに隠蔽しながら、安全圏から他者の倫理を説くその感覚が恐ろしい。
自浄作用を失い、都合の悪い事実には紙幅を割かないあなたたちこそが、メディアとして完全に「アウト」である。

