2026年11月1日大分合同新聞東西南北コラムニスト安氏から
大分合同新聞東西南北に厳しい批評するとGoogleポリシー違反。主張する表現・思想・言論の自由を、マスメディアがこんなかたちで読者の声を萎縮させる一例。
2026年11月1日付の大分合同新聞東西南北。コラムニストは、複雑な社会構造をすべて単純化して政権批判に結びつける「安っぽいコラム」でおなじみの安氏である。
今回のコラムも、その底の浅さとマスメディア特有の無責任さが遺憾なく発揮されていた。
前半では新型コロナ禍による供給網の混乱、ロシアのウクライナ侵攻、さらには中東でのホルムズ海峡封鎖と、日本政府にはコントロールしようのない世界的な物価高要因を並べておきながら、後半では突如として「日本はどうしたの?」と嘆き、日本の貧困化を「明らかに政策の失敗」と結論づけている。
安氏は、日本のGDPが2027年にインドと英国に抜かれて6位に転落する見通しや、1人当たりGDPが世界38位であるデータを挙げて「ちょっとショックだ」と煽ってみせる。
もちろんGDPの国際比較を米ドル換算で見ること自体は常識だ。しかし安氏は自ら前半で「円安も進み」と書いておきながら、その円安によってドル換算上の数字が大きく目減りしているという当たり前の因果関係には口をつぐむ。
結局のところ、マスメディアというのは結果に対して後から何とでも理由をつけて叩ける気楽な商売だ。
円高になれば「輸出企業が苦しんでいる、政策の失敗だ」と騒ぎ、円安になれば「物価が上がる、ドル換算のGDP順位が落ちた、政策の失敗だ」と嘆く。
さらに大企業の賃上げに伴う当然の価格転嫁を「暮らしを圧迫している」と悪者扱いする一方で、国民の負担を和らげる消費税減税に対しては「本当に正しい物価対策なのか?心配である」と冷水を浴びせる。
円高も円安もダメ、価格転嫁も減税もダメ。
どんな経済指標が出ようが、適当な理屈をこねて政権にケチをつけられれば何でもいいという無責任さ。大分1区の無関心の中で誕生した独裁気質十分の吉良州司元議員に叩き込まれた「はちゃめちゃ経済論」は、いまも健在である。

天邪鬼な性格と前置きし、エリート層から多くの賛同が寄せられる(自称)民主主義国家に生まれた怪奇な議員・有志の会代表大分一区の吉良州司さんを知る努力。
極めつけは、「海外の大学で論評されたという、日本の貧困に関する言説も気になる。『教育水準が低いわけではなく、勤勉で労働時間も長いのに、明らかに政策の失敗』だと」というくだりだ。
具体的な大学名すら書かれていないのも当然で、これは数年前からSNS上で出回り、直近のネット記事でも「SNSで定期的に拡散されている文章」として引用された定番コピペだ。

裏取りもせず、SNSの匿名コピペを「海外の大学で論評された言説」と権威付けして新聞の一面に載せてしまうのだから、その取材力と知性の劣化には眩暈がする。しかも安氏とこのSNSコピペを用いたエコノミストの論調は一致していない。
大分合同新聞東西南北・安氏の現代文の読解力の欠如と確証バイアスに、腰が抜けるほど驚愕した。いや、恐怖である。
この新聞社のコラムニストは、常にSNSに張り付いている印象がある。SNS廃人化している大分合同新聞東西南北のコラムニストたちだ。

そして何より笑止千万なのは、安氏がまるで無関係な傍観者のように「明らかに政策の失敗」とすべてを政治のせいにしている点だ。
確かに、これまでの日本の政治が誤りを重ねてきたのは事実だろう。ではその政治とは一体誰のことか。
未来に向けた効果的な投資を阻み、日本経済をここまで立ち行かなくさせた最大の共犯者は、他ならぬマスメディア自身ではないのか。
旧民主党とタッグを組み、「GDPの順位や経済成長ばかりを追う時代は終わった」「コンクリートから人へ」「物の豊かさより心の豊かさだ」と耳障りの良いスローガンを煽り立てたのは誰だった。
国や地域が成長するための効果的な投資を「無駄遣い」「開発=悪」として叩き潰し、大分県内でも豊予海峡ルートのようなインフラ構想にまで水を差して停滞の空気を作り出してきたのは、大分合同新聞をはじめとするマスメディアである。

自分たちで成長への投資を止めさせておきながら、いざGDPの順位が落ちると「わずか4年で順位をまた二つ落とすとなれば、ちょっとショックだ」と騒ぎ立てる。都合の悪い過去はすべて忘れる便利な頭脳である。
さらに言えば、効果的な投資を犠牲にしてまで旧民主党とメディアが掲げた「心の豊かさ」とやらは、果たしてこの大分県にもたらされたのだろうか。
その「心の豊かさ」を唱えた旧民主党の流れを汲む吉良氏は、自らと異なる意見を持つ国民に向かって「私に反対なら銃を持って戦争に行け」と放言するポリティカルモンスターへと成り果てた。
そして何よりおぞましいのは、この民主主義の根幹を否定する暴言に対し、大分合同新聞も、普段は平和や人権を立派に語る県内の大人たちも県内のアカデミアですら、誰一人として抗議せず黙認し続けたという事実だ。
一体どこに「心の豊かさ」があるというのか。
効果的な投資を否定して「物の豊かさ(経済)」を貧しくさせた挙げ句、言論で反対する者に銃を突きつけるような暴言すら誰も咎められない、荒廃した心の貧しさだけが大分に残った。
「日本はどうしたの?」ではない。
日本と大分を物心両面でここまで貧しくした責任は、どんな結果が出ても安全圏から政治のせいにばかりして悦に入る、あなたたちマスメディア自身にある。
老人ホームや読者の声や、県内功労者の知性が行方不明の思想強めで書かれたコラムであれば見逃す。でも教育現場にばら撒かれているのが大分合同新聞東西南北だ。
こんな安っぽいコラムが掲載される大分が心配である。


