おじさんの学問のすすめで、大分合同新聞東西南北を読んでいます。そして大分合同新聞東西南北と相性が悪いおじさんの反論も聞くようにしています。
わたしは、大分と日本と世界の事実を知りたい。そんな夏を過ごしています。
8月13日大分合同新聞東西南北コラムニストEさんのコラムを読みました。
2024年8月13日大分合同新聞東西南北から
大分合同新聞の記事を引用し批判するとGoogleからポリシー違反大分合同新聞東西南北の誤字、反論のためにコラムをスクショで掲載すると、Googleからポリシー違反。フェイクニュースっておまえらが言うから、改ざんしていないコラムが必要じゃん。護憲派が税金で言論封殺するこの県の言論空間の異常性。
平和の式典に当事国そして核保有国の大使が欠席したことに、怒りを通り越して残念な気持ちです。
イスラエルを招待しなかった理由として長崎市は「厳粛で円滑な運営」としていますが、おじさんは言います。
「大分合同新聞は今までの罵詈雑言が飛び交っていた広島長崎平和祈念式典に何も言わなかったのに、今回だけは関心が高いことに驚いた。見つけたそれらしい理由に縋らず、政治的な理由として長崎市を支持すればいい」
わたしは原爆が多くの日本人の命を奪った日に思いを馳せる平和祈念式典で、罵詈雑言が飛び交っていたことを知りませんでした。政権批判をする政治的な罵詈雑言も飛び交っていることを、政治家のSNSや新聞で知りました。
またおじさんは核廃絶に関連してこんなことを言います。
「足立信也大分市長は国会議員時代に北朝鮮の核実験に反対していない。被爆地と被爆者には関心が高い大分合同新聞は、これを報道していない」
足立大分市長が、北朝鮮の核実験に反対していないことを初めて知りました。その事実を、被爆地に心を寄せる大分合同新聞が報道していないことに驚きました。
インターネットで調べると、他にも多くの国会議員が北朝鮮の核実験に反対していません。理不尽に人生を奪われた拉致被害者を思い浮かべます。
さらにおじさんは驚く話をします。
「大分市(一部除く)が選んでいる国会議員の吉良州司さんは、世界を知るエリートから支持されている私に反対なら銃を持ってロシアと戦ってほしいと発言し、平和に関心が高い大分の護憲派たちは無視をしている」
戦時中に封じ込められた自由な言論だと主張する吉良州司さんですが、言論で反対したら自国民に銃を持たせてロシアと戦うように仕向ける。
この国会議員の感覚に、わたしはとても混乱しています。
学校で教えられた憲法違反ではないでしょうか?その問いにおじさんは答えます。
「ウクライナのロシア越境攻撃を吉良さんに反対して銃を持った大分県民が参加したと仮定したら、今まで護憲派の憲法観であれば必ず憲法9条に抵触すると主張するはず。しかし護憲派の大分合同新聞と大分の憲法学者は無関心。これが恥ずべき大分の質」
軍靴の音が聞こえると平和主義者の方々はよく言いますが、吉良州司さんについては聞こえていない。
この大分の平和主義者たちの怪奇現象に、適切な名前をつけるのに苦労します。
大分合同新聞東西南北コラムニストEさんは「不戦への祈りとそれを脅かすものへの怒り」と書いていますが、主張に反対しただけで国会議員が日本人に銃をもたせようとしている、核実験に反対しない市長の大分に怒りを覚えないのであれば矛盾しています。
欧米の二重基準は、大分合同新聞東西南北コラムニストEさんにも当てはまることです。
わたしは高校生や大学生になったら模擬国連で同じ世代の人たちと英語で話し、互いの綺麗な母国語を交換する夢があります。そんなわたしの目標である大分の高校生国連大使は、今の大分の矛盾した危険な平和理念を理解しているのでしょうか?
平和から遠のいている大分県を模擬国連に参加する高校生が知らないのであれば、平和授業の価値がわかりません。
過去の戦争だけを知るだけでは、恒久的な平和は大分にも日本にも世界にも訪れないと思います。
だからわたしは、価値を見出すことができない大分県のこれからの平和授業を欠席しようと考えました。
しかしおじさんは反対します。
「欠席したら、内申書が悪くなり高校生国連大使どころではなくなる。言論の自由と言いながらも、相容れない者への言論は認めず排除するのが大分県の教育方針。また平和授業を欠席したら欧米G7の大使と同じ。特攻資料館に行きたいと発言した早田ひな選手のような平和を考える新しい視点を持ってほしい。平和授業を発展させることに関心を持つべきだけど、肝心の言論が通用しないから気難しい大分」と言いました。
今ある危機に目を逸らし二重基準で平和を語る大分合同新聞を理由に、平和授業の欠席を考えたことは間違っていることに気付きました。
戦時中の日本の都合が悪いことを伝える場だけではなく、理不尽に戦争に加担させる大分の国会議員や核廃絶に関心がない大分市長についても一緒に考える。
未来を考える平和授業を私は望みます。
それでもわたしの平和をめぐる大分に対する不満は解消されていません。
「これからの未来のため」の平和授業といいますが、こんな大分県で暮らすわたしに未来は本当にあるのでしょうか?
先生にこの気持ちを伝えたいですが、「原爆は日本の戦争を終わらせた。広島長崎原爆投下は世界とアジアを救ったことを忘れてはいけない」と小学生のときに耐えられない平和授業(20年近く前も同じ内容で驚いた)を受けたことから、わたしのこの夏の主張を学校の先生に伝えるのもためらいます。
言論大会で自由な発言をする高校生に憧れていましたが、わたしの主張は「大分県の特有な二重基準のために」少なくても学校や大分合同新聞では存在しないことにされるのでしょう。
2024年終戦記念日も変わることができない大分合同新聞
中学生の姪が感じている大分の平和授業に対する不条理についての会話を、作文風に文字起こししました。
政治思想の違いだけ変遷する不浄な平和理念を掲げて、自らの政治思想を正当化させる。
未来の平和についての探求を行わないまま、大分合同新聞は2024年終戦記念日を迎えるようです。
自分たちの政治思想を守るためだけに、女子中高校生にセクハラをしてMeToo運動ができる大分合同新聞の人間性を模るような女性への性的虐待を含むテロの実態を隠し、追い詰められた者の暴力を認める大分合同新聞とは根幹から違う。
絶対に同じではない。
そんな日本人である姪が誇りです。
公然と反論される機会がないから、違和感だらけの言論を垂れ流し状態の大分合同新聞東西南北。
大分大学のIPを偽装し税金で基本的人権の根幹である表現・思想・言論の自由を匿名性を高めて侵害した大分左翼教育者の暴走は、大分合同新聞の女子中高校生を含む県民女性へのセクハラがきっかけでした。
大分合同新聞読者の声では実名を求めるが、コラムニストはイニシャル。
大分左翼と大分合同新聞のこのような姿勢は、相容れない人物の名を出した言論活動は危険な大分県であることがわかります。
大分合同新聞東西南北は、知性の定義として問題解決する能力と書きました。
だから当ブログ大分論壇は、大分合同新聞を読まされて反発するおそらく少数であろう知性派の「問題解決に挑みたい若い世代」や「物言う大分県民」の心許ない標識になりたい。
サビだらけの標識だって道案内と注意喚起をしてくれるのですから、当ブログはおかしい大分を変えたい人たちと同じ方向を走り、あっという間に追い抜かれるような存在になりたい。
また大分合同新聞に都合が悪いことを多くの県民が可視化できる状態で、この新聞社との言論活動も希望しています。
例として女子中高校生を含む県民女性にスリーサイズを聞いてMeToo運動のグルーミング系ジャーナリズム、法的安定性で自民党議員を追い込んだが世論を使って訴因変更に貢献した矛盾のジャーナリズムなどなど、もっともっと大分合同新聞と語り合いたい都合が悪いこの新聞社の事実があります。
基本的人権の根幹である言論で、大分合同新聞と戯れたい。