もう1週間以上前になりますが、退陣した安倍政権の評価を県民がする企画が大分合同新聞の別冊で行われました。
袋とじのような企画。
スーパーボランティア尾畠さんや生徒になりたかった連合大分会長が参加するなどバラエティーに富んだ布陣でしたが、大分合同新聞被害者の会のようです。
報道しない自由の傘下で安倍政権の評価をする大分県民
袋とじでよかった多種多様な大分県民が登場した大分合同新聞の企画・安倍政権の評価。
報道しない自由の存在を知っていれば「あなたの評価この点数でよかったですか?」なんて聞き直したくなる大分県民による安倍政権の評価。
これでは健全な国民主権が成り立たない大分だと危惧しています。
モリカケ・サクラをまだ指摘するのは報道の被害者そのもの
モリカケ・サクラを批判する大分県民が多かったのですが、これも報道しない自由によって生まれた情弱県民。
都合が悪くなったことから手を引いたマスメディアの筆頭として、大分合同新聞が籠池夫妻に取材すれば真相がわかる森友問題。
加計問題は旧民主党政権やみんな大好き石破さんも関与している問題。
桜を見る会が問題なら、税金を私物化して大分大学のIP偽装した人権侵害をする立憲民主党支持の教育者を大分は全力をあげて特定しなければならない。「大分の既得権益」大分県教委汚職事件のキーパーソンです。
公文書と官僚の問題に着地点があるならまだしも、まだモリカケ・サクラを言ってる県民って、報道しない自由で権力の監視機関ごっこをする大分合同新聞の被害者にしか見えません。
「コロナについては時間が余ったら質問します」の特定野党を知っていますか?
コロナ禍でスピード感がなかったと安倍政権を批判している方もいましたが、「コロナについては時間が余ったら質問します」の特定野党議員が存在していた今年2月の国会を知っていますか?
これも報道しない自由によって生まれた不都合な国会です。ブレーキの一因になったのは特定野党ですよ。ただし玉木国民民主党代表は除く特定野党です。
待機児童問題についてどれだけの県民が不都合な事実を知っていますか?
「安倍政権は待機児童問題を解決できなかった」と評価した県民がいますが、こんな大分があることを知っていますか?
待機児童全国ワースト8位であった時点で行われた大分市議会選。「大分市に喫緊の課題がない」としたのは紛れもない大分合同新聞です。その後ワースト7位まで転落。
そして0を目指した去年、複数の待機児童を生んだ大分市に対し鬼の首を取ったように批判したのも大分合同新聞。
そもそも待機児童問題は自治体が主導する問題。そうみれば致命的な大分合同新聞の姿勢がわかるでしょう。
アベガーと主要マスメディアの視点で換言をすれば「大分合同新聞があるから待機児童問題が解決しなかった大分市」になります。
アベノマスクを「私も」使っていない全体主義
そもそもアベノマスクの評価は大分合同新聞東西南北も揶揄しながら認めていたはず。アベノマスク爆誕で市販マスクが流通した経緯に触れていたのに、アベノマスク批判を実名の県民を使って行う。
京アニ事件で県関係者の被害者実名報道を正当化する大分合同新聞の素性が再び顔を出したことから、素直に「気持ち悪い」と断罪しましょう。
また全体主義としてみれば、政権評価する段階にも至っていません。
「多様性や少数派の声を大切にしよう」とする社会を夢見るのに「私も」と全体主義のビッグウエーブに乗る大分県民。
アベノマスクを使っていないのは、「私は」もしくは「私の相当狭い視野における世界では」の間違いですよね。
実際NHKおおいた寺澤アナはアベノマスクで乗り切る宣言をしています。そしてなぜか当ブログに「絶対に許さない」と脅迫をした反安倍勢力も。プロバイダ通報するとすごい勢いで謝ってきたことから「寺澤アナに謝れ」と突き返しました。
大分合同新聞も論理的に評価していたアベノマスクで熱くなれる大分の素地は、例の「言いたいことは識者や読者に言わせる」マスメディアの必殺技で構成されています。
ここに登場した県民も大分合同新聞の被害者です。
どうして「私は」で評価できないのか?
「政治を語る」の原点がすこぶる質が悪いのも大分県。
私見ですが、国民主権において「私は」が原点です。とある問題において「私は」がスタートになり、社会学として改善の機運を高め、立法府という国会で法的に価値観を共有します。しかし今回登場した多数の大分県民は「私は」の視点が圧倒的に少ない。
「ふつうってなんですか?」の界隈から「まわりも言っている」文法を使われると、もうげんなりしちゃいます。
「私も」ではなく「私は」の大分の国民主権発動を、僕は夢を見ます。だから報道しない自由が邪魔で嫌悪するのです。
野党共闘で西日本唯一の参議院一人区を出した大分県が強行採決を批判
強行採決にも触れておきましょう。
旧民主党時代の強行採決をあえて無視した安倍政権批判を展開している特定野党支持の県民もいました。
野党共闘で西日本唯一の参議院一人区を選出している大分県です。これは自民党批判によく使う数の論理で誕生した我が県の民主主義です。
この不都合な事実についてWアダチにぶつけましたが、ふたりとも答えから逃げ回っています。
民主主義の名において数の論理で立法府として成立しているのが国会。この視点を野党共闘には向けないのですから、安倍政権の評価を正当に行う気なんてまったくない。
あなたたちの論理じゃ、選挙も強行採決になることに気付いているのだろうか。
大分合同新聞被害者の会では健全な国民主権は成り立たない
報道しない自由によって正当な評価ができていない大分と危惧しています。くだらない批評家である教育者が子どもの豊かな才能を奪う。そんな大分も懸念する県民による安倍政権評価。
このほとんどがマスメディアによる報道しない自由によって生まれた評価であり、「このように批判しなければならない」の全体主義のテンプレートによる批評。
これって「政治を語る」ファッションですよね。
もっと自由に政治を語って良いのですが、そもそも情報源がおかしいのであればそれは「政治を語る」ではありません。
アベ物語を語っているのです。
だから今回の県民による安倍政権の評価は、大分合同新聞被害者の会としか言いようがありません。
すべての責任は大分合同新聞の報道しない自由に帰結しますが、これでは大分において健全な国民主権はまだまだ遠いと感じました。
菅内閣では、報道しない自由を掲げるマスメディアとの対決が今以上に激化すると予想しています。「萎縮」という言葉で権力の監視機関は被害者面し、「私も」で大分合同新聞も相乗りするでしょう。
だからこそ大分合同新聞に対して、事実に基づいて批判できる県民が増えてほしいと願います。
これが大分における健全な革命・国民主権のはじまりです。
もちろん大分合同新聞社が報道しない自由をやめて、児童ポルノ疑惑である県民女性に向けたセクハラの反省もすることで、この革命は加速するでしょう。
大分論壇の安倍政権の評価は69点
最後に。
当ブログの安倍政権の評価は69点。
特定野党支持者による税金を私物化した人権侵害が起きた大分。関係省庁から納得できる回答は貰えず行政の長としての責任は重い。改憲も進まず野党と秘部の舐め合い政権運営でがっかりしている。ただし外交・安全保障においては高評価。本当にお疲れ様でした。
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