ポツダム宣言を受諾すれば原爆投下とソ連侵攻はなかった?大分合同新聞東西南北の誤った歴史認識に隠れる皇室制度を潰したい本音

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7月26日の大分合同新聞東西南北によると、7月のポツダム宣言を受諾しないことで原爆投下が行われ、ソ連侵攻を招いたと主張し、憲法改正を目指す安倍首相に歴史を学ぶように要求しています。

FRUSから T.A.=チューブアロイズ(イギリス核兵器開発のコードネーム)だと思うのですが不安です。

安倍首相に歴史を学べというくらいですから、原爆投下に関するアメリカの機密文書が公開されたのを知らかなったとは言わせません。ルーズベルト大統領時代からチャーチル英首相と原爆使用には互いの同意が必要とするケベック協定を結んでいます。

ポツダム首脳会議が始まる前、政府高官間では原爆を日本に使うことを容認するとイギリス側からアメリカに伝えられ、それについてチャーチル首相が大統領と協議を望んでいるとしています。4月にルーズベルト大統領が急逝し、その後トルーマン大統領が引き継ぎ原爆投下しました。

大分合同新聞東西南北は、ポツダム宣言の受諾を日本が拒否した理由として天皇制維持が保証されなかったとしていますが、ポツダム宣言はそれをピンポイントで狙い、日本を降伏させたくない思惑がありました。

アメリカ国務省から「天皇を頂点にあらゆる点で統一された民族であることから分割されるべきではない」と、トルーマン大統領に強い進言がありました。この進言は、ドイツ分割の反省からトルーマンの戦略と原爆投下の正当性を得ることになりました。天皇制維持を明文化しなければ、必ず日本はポツダム宣言を受諾しないと明らかな確信があったのです。グループ内からは天皇制維持を明記したほうが早期に戦争が終結するといった助言があったにも関わらず、それを拒否しました。

ここまでして原爆を落としたかったアメリカがあります。7月のポツダム宣言は受諾させるものではなく、あえて原爆投下のために拒否させるものだったとも見えるわけです。トルーマンの日記でも明らかになっています。

受諾することでソ連侵攻がなかったとする点にも言及しておきましょう。スターリンが日本の占領に関わってほしくなかったアメリカ。実際、日本がソ連に和平仲介を求める前に、そして対日参戦をしたとしても侵攻が進まないうちに終結を早めたかったアメリカの思惑が7月のポツダム宣言にあるとされています。

日本の盛衰とドイツ戦で勝利したソ連。日本占領の条件が揃ったソ連。北海道を欲しがったスターリン。それを拒否したトルーマン。この背景を無視し、ポツダム宣言を受諾することでソ連の侵攻がなかったといえる根拠を大分合同新聞は示すべきです。

このように原爆投下とソ連侵攻は、アメリカ・イギリス・ソ連の政治力学を把握しなければ語ることはできません。単純に7月のポツダム宣言を受諾するようなことがあれば、いまの日本すらなかったかもしれない。さらなる大戦、アメリカとソ連の戦争が控えていた可能性だってありました。それが日本の占領をめぐる争いになったかもしれません。民族自決の大西洋憲章を提唱したアメリカだからこそ、あり得るシナリオです。

大分合同新聞の歴史認識はあまりにも無責任で、噴飯ものです。とりあえず7月のポツダム宣言受諾による原爆投下とソ連侵攻がなかったという認識は確かな誤りですので、訂正を要求します。

明らかなフェイクニュースです。

大分合同新聞は楽でいいですね。女子中高校生にスリーサイズを尋ねてもセクハラにならない、フェイクニュースを垂れ流しても責任はない。これを看過している大分。本当に信じられません。

歴史は複合的で根拠の決定打はないと個人的な見解を持っています。だからこそ歴史認識がガバガバの大分合同新聞東西南北をあまり責めたくはないのですが、あまりにも酷すぎるから我慢できない。

「7月のポツダム宣言を受諾すれば原爆投下はなかった」と安易な歴史認識をすれば、皇室制度の崩壊を容認することになります。大分合同新聞は8月の受諾は昭和天皇の聖断としていますが、7月に受け入れればその聖断と評価する天皇さえも失う未来があったことになります。繰り返しますが、アメリカ国務省は「統一された民族」と日本国民を評価していますが、その根幹にあるのが皇室制度です。それをなくす受諾であることが、まったく理解できていない変節になります。

大分大学が表現等の自由の侵害をIPアドレスを隠蔽してそれを問題にしない卑劣な県おおいたですが、個人的には思想を尊重するほうが良い大分だと思っています。

だからこそ、覚悟を持ってください。

「皇室制度なんていらない」と大分合同新聞は、はっきりと社説や東西南北で述べるべきです。当時の拒絶したポツダム宣言の受諾とは、そういう意味なのですから。8月の受諾は「subject to」の訳に認識の違いはあるでしょうが、日本の政体についての自由が明記されたことから7月の宣言よりも戦勝国は妥協したかたちになります。7月と8月のポツダム宣言は別物と考えるべきであり、それを同列に扱おうとし、むちゃくちゃな歴史認識を披露したのが大分合同新聞東西南北です。

だからこそ今回の東西南北が伝えたいことは、ポツダム宣言受諾どうこうではなく、皇室制度の完全否定だとしか思えないのです。

今上を名字と答えた大分合同新聞は、勇気と責任を持ってポツダム宣言受諾なんて使わずに真正面から皇室制度をぶっ壊したいと展開すればよろし。僕は維持するべきだと思うのですが、そういう言論に触れるのも楽しみですので期待しています。

「そこまで考えていなかった」なんて絶対に言わせない。

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