
2026年春闘に向け、連合大分が「中小企業の賃上げ6%以上」という画期的な方針を打ち出しました。 物価高に苦しむ現場の声を拾い上げ、大企業との格差是正に踏み込んだこの決断自体は、高く評価されるべきものです。
しかしその崇高な目標と、実際の政治活動の間には致命的な矛盾が存在します。
連合大分は今回衆院選での吉良州司氏への推薦を見送りました。それにもかかわらず、一部の労組や役員はいまだに吉良氏支援に動き、国民民主党の堤淳太氏への支援を躊躇しています。
中小賃上げを掲げながらなぜ中小淘汰の候補を切れないのか?
「中小企業の賃上げ」を求めながら、「努力しない人の賃金は上げなくていい」「金利引き上げで中小は淘汰されてもいい」という思想を持つ吉良州司氏を支援することは、組合員への背信行為です。
今回は、吉良氏の主張がいかに連合の方針と相容れないかを端的に示し、どっちつかずの態度を取り続ける連合大分に進むべき道を提示します。
吉良氏の本音「努力しない人間に賃上げは不要」
吉良氏は自身のブログで、現在も通じる持論として「努力を怠る人にまで毎年の賃金上昇を認める必要があるでしょうか?その身分を保障する必要があるのでしょうか?」と明確に述べています。
現場を知らない強者の論理
中小企業の現場はどうでしょう?
個人の努力不足ではなく、構造的な価格転嫁の遅れや不公正な取引によって必死に働いても賃金が上がらない労働者が大勢います。連合大分が掲げた「6%賃上げ」はそうした構造的弱者を救うための連帯のはずです。
吉良氏の主張は、構造問題を個人の責任にすり替え、経営者が賃上げを拒む口実を与えるだけです。「生活者主権」と言いながら、実際には成果を出せる強者以外は切り捨てるという冷酷な選別思想を持っています。
減税と給付金は国民への恩売り? 素人が考えた経済論に縋る連合大分
さらに驚くべきは、生活苦に対する彼の冷淡な姿勢です。吉良氏は、生活が苦しくなった際の減税や給付金について、「政府が国民に恩を売る政治」と否定的な見解です。
吉良氏の経済対策とは何か?
それは「金利を上げて円安を是正すればいい」という、あまりに単純で素人が考えた図式です。あろうことか、消費税についても「大増税こそが財政を安定させ、みんなが幸せになる」と信じ込んでいます。
生活が苦しくなっても、「減税はダメ」「金利を上げろ」「消費税は必要」。
こんな政治家に、労働者の生活を守れるはずがありません。それなのに、未だにこのような候補者に当選の機会を与え続けているのが、あろうことか労働者の味方を自認する連合大分なのです。
「金利を上げろ」は中小企業淘汰の道
また吉良氏は物価対策として一貫して「金利の正常化(引き上げ)」を主張し、低金利政策を「業界優先」と批判しています。
倒産と失業を招く危険な賭け
県内経済を支えているのは、借入金で日々の資金繰りを回している多くの中小企業です。 今、急激に金利を上げればどうなるか?労働者の味方であれば、想像は容易いはずです。
利払い負担に耐えきれず、倒産・廃業する中小企業が続出するでしょう。企業が潰れれば、そこで働く組合員や従業員は職を失います。
「金利を上げて、耐えられない企業は退場すればいい」
そんな自己満足の主張をする吉良氏を支持することは、「雇用の確保」という労働組合の最重要使命を自ら放棄することと同義です。同時にこれは「中小企業の底上げ」を掲げる連合大分の春闘方針とも根本的に矛盾しています。
自分たちの方針と真逆の主張を持つ吉良州司氏に、明確なNOを突きつけることができない連合大分の姿勢は、労働者への明らかな裏切りと言わざるを得ません。
決断できない連合大分役員の今後
吉良氏の政策(中小選別・金利引き上げによる淘汰)と、連合大分の方針(中小底上げ・雇用維持)は、水と油ほどに異なります。
それなのになぜ一部の役員は吉良氏を完全に「突っぱねる」ことができないのでしょうか?
組織のガバナンス欠如と歴史的愚行
あるのは、過去のしがらみや個人的な情、そして反自民の政治思想だけです。
国民民主党の堤淳太氏という、明確に現役世代と中小企業支援を掲げる候補者がいるにもかかわらず、全振りできないその優柔不断さが、選挙戦を混乱させ、結果として労働者の声を弱めています。
このまま吉良氏を中途半端に支援し、彼が当選して「金利引き上げ」や「成果主義による賃金抑制」を推進したら、連合大分はどう責任を取るのでしょうか?
「あちらもこちらも」と八方美人な対応を続けた結果、最悪の結末を招いたならば、選挙後、執行部は組合員から「刷新」を求められるほどの歴史的愚行を犯したことになります。
反自民の思想で労働者を守る時代は終わっています。
今からでは間に合わない?その諦めが未来を閉ざす
現場からは、「今から他の候補に切り替えるのは間に合わないから、仕方なく吉良氏で」という消極的な声も聞こえてきます。
それも理解できますが、吉良氏に何の実績があるのでしょうか?
長年国政に身を置きながら、労働者のための成果を出せず、むしろ「中小淘汰」や「成果主義」を唱え続けてきた政治家は、連合大分としてもう終わっている選択肢です。
今からでは間に合わないのではなく、もう終わっているのです。
吉良州司氏落選こそが連合大分の明るい未来
今まで何もできなかった政治家を、単に「間に合わないから」という理由で延命させることが、労働者の未来を最も暗くする選択です。
逆に言えば、吉良氏をここで落選させることこそが、古いしがらみを断ち切り、真に労働者を代弁する政治家が育つ土壌を作る「唯一の希望」となります。
変化を恐れて現状維持(吉良氏)を選べば、緩やかな衰退が待っているだけです。一時的な混乱を恐れず長期的な視野を持ち「労働者の敵になり得る思想」を持つ政治家を排除すること。
それこそが、連合大分が本来の力を取り戻し、組合員に明るい未来をもたらすための不可欠なプロセスだと感じます。
国民民主党の堤淳太氏に支援を 組織の形骸化を防ぐため本来あるべき立ち位置へ戻ろう
2026年衆院選の結果次第では、連合大分という組織そのものが存在意義を失い、形骸化してしまう重大な岐路に立たされています。
2026衆院選で連合の政治介入を受けた国民民主党の選挙結果が悪ければ、責任問題を連合にも負わせることも十分考えられます。国民民主の執行部ではなく支持者がそちらに向くと、連合への視線は一層厳しくなります。
私であれば、その方向性で連合の政治介入を潰し、組合員の意識改革を行い、執行部の飯の種を淘汰します。
中小企業を選別を許し、努力しない労働者を切り捨てる吉良州司氏を支援し続けるなら、もはやそれは労働組合とは呼べません。
改善策は実にシンプルです。本来あるべき立ち位置に戻ればいいだけです。
しがらみを断ち切り、真に働く仲間のために汗をかく国民民主党の堤 淳太氏へ全振りする。
吉良州司氏を落選させ、労働者のための政治を取り戻すことこそが、連合大分が未来に生き残るための唯一の道であり、2026衆院選で行うべき春闘に向けた機運の熟成と世論喚起になります。
今からでも遅くありません。労働者の未来のため、連合大分は国民民主党堤淳太氏に全振りをするべきです。


