大分合同新聞東西南北2026年10月2日イタコ芸が得意なコラムニスト康氏から
2026年10月2日付の大分合同新聞東西南北。コラムニスト康氏は、日出生台演習場での米軍訓練協定の見直しを求めた九州防衛局や、それに対応する地元首長に対し、「尻尾をお振りになっている」「国にかみつくのか、尻尾を振るのか」と犬に例えて激しく罵倒している。
地元の安全を憂う正義の筆致だが、かつて自衛隊の活動を「キショク悪い」と吐き捨てた康氏が、どの口で「地元3市町の安全・安心」を語るのか?
自国の防衛組織を侮蔑しておきながら、国を叩く都合の良い時だけ地元の代弁者を気取るその偽善こそ、キショク悪い。

康氏はこの協定見直しを「住民無視の夜間砲撃」「沖縄の縮図」と煽り立てているが、笑止千万だ。
「住民無視」という言葉を大分合同新聞が使うこと自体が滑稽である。日出町で起きたイスラム教徒用墓地建設問題において、反対する地元住民の意向をあなたたちはどう扱ったか?
賛成・推進の立場から、不安を抱く住民の声を事実上無視したのではないか。自らのイデオロギーに合致しない住民の声は切り捨て、政権批判に使える時だけ住民を武器にする。
これこそ「マスメディアの縮図」である。
そもそも、日出生台をめぐる議論は何十年も前から進んでいない。
安保法制の際、「戦争法だ」「明日から日本が戦争する国になる」とヒステリックに世論を煽り立てた大分合同新聞は、なぜその時、現実の安全保障環境や抑止力のあり方について真剣に考えなかったのか?ただ反対を叫び、思考停止に陥っていた結果が現在の停滞を招いている。
さらに言えば、大分県民にとって真に問われるべきは、吉良州司元議員が放った「私に反対なら銃を持って戦争に行ってください」という耳を疑う暴言だ。この発言を否定もせず黙認という事実上の「国会議員による反対派は死ね」を容認し続けたのが、大分合同新聞と県内の偽装平和主義者たちである。
そこまで言うのであれば、吉良氏の言葉通り民間人が戦場で戦えるよう、日出生台の訓練に参加できる制度でも提言するのが、激しく知性がない護憲派平和主義者を自称する康氏や大分合同新聞の使命だろう。
相手を「尻尾を振る犬」に例えて冷笑し、悦に入っている場合ではない。自分たちが垂れ流してきた言論が、いかに醜悪な二重基準と論理破綻の異常に満ちているか?
社会の公器を名乗るのであれば、いい加減にその事実に気付くべきである。
最後に問いたい。
日米の防衛連携を冷笑し、地域と国の分断を感情的に煽る康氏のコラムを読んで、一体「どの国の指導者たち」が喜ぶのか。
その想像にすら至らない時点で、大分合同新聞とコラムニスト康氏は日本の安全保障を語るに値しない言論人である。


