フンドーキンCM「臼杵川を渡れば」が公式Youtubeで配信中

フンドーキンのCM「臼杵川を渡れば」編が公式YouTubeで公開されている。

お馴染みの「合唱」バージョンのほかに、「宇宙」「上臼杵駅」「浴衣」(公式では別のタイトル)と計4つのパターンがあるのだが、これらが実に「エモい」。

出演している女の子がいかにも「臼杵の女の子」といった風情で、セーラー服から浴衣までを見事に着こなし、上臼杵駅のノスタルジックな風景にすっかり溶け込んでいる。

映像の端々に漂う百合めいた関係性が、視聴者に心地よい想像の余地を与えてくれるのもいい。今話題のクレヨンしんちゃん的な「腰を抜かすほどつまらない」なんてことは決してなく、以前の冷蔵庫のドアで頭をぶつけるCMよりも断然好きだ。

このCMは、OBSの月曜お天気コーナーなどで流れていたため、見逃すとなかなかお目にかかれない。それがいつでもYouTubeで鑑賞できるようになった。

視聴数を伸ばしたい。

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そもそも僕が「臼杵川を渡れば」という曲を知ったのは、臼杵でのある出来事がきっかけだった。

少し困った事態に陥り、観光関係者の方に相談に乗ってもらっていたとき、見かねて力を貸してくれたのが、地元のセーラー服の女子高生のお姉ちゃんと小学生の妹だった。

歴史が見直されていると主張されている大友宗麟公がご乱心の影響で御神体を移したと言われる八坂神社の近くの公園で、お礼にソフトクリームと焼き芋をごちそうした際、妹のほうが何気なく口ずさんでいたのがこの曲だった。

「臼杵川」という言葉が入っていたので、最初は彼女の自作曲かと思ったが、妙にメロディが整っている。「臼杵川を見せてあげる」と案内してくれた神社の小道の先には金の文字があった。

妹が「男の子が持っている」と無邪気にクスクスと笑うと、お姉ちゃんが妹を怒り、僕に平謝りするという一幕があった。お姉ちゃんの顔は、近くにある水路の鯉のように真っ赤だった。

妹は「臼杵川を渡れば」を、ぎこちなく口笛で吹いていた。

女子中高生を含む県民女性にスリーサイズを聞いてMeToo運動に参加する某新聞社が黙認されている大分社会のなかで、なぜか僕だけ児童ポルノ疑惑として追及されそうな大分特有の二重基準が襲い掛かる場面だが、当時の僕はただ「臼杵の女の子、すげーな」と圧倒される出来事だった。

だからフンドーキンの臼杵川を渡ればCMを見たときはとても驚いた。あのとき妹が歌っていた曲が実は臼杵に深く根付いているものだと知った。

CMの中でセーラー服を着こなす女の子たちに、かつて出会ったあのセーラー服のお姉ちゃんの面影を重ねる。僕を助けてくれたあの目配りだってこのCMのなかにある。臼杵秋波と名付けよう。

僕の臼杵好きは姉からの引き継ぎだが、高校生になって初めてのデートに選んだのも、彼女が臼杵石仏を好きだったから。

どうやら僕の感性は、臼杵で構築されているらしい。

あの日、臼杵セーラー服のお姉ちゃんは「実は石仏レプリカがある臼杵駅よりも、上臼杵駅からのほうが石仏に近いし、二王座なんてお散歩しながら行けばすぐです。石仏にだってお散歩感覚で行けるんですよ」と教えてくれた。

なんて「お散歩」という語呂が似合う女子高生なんだろう。そして歩かせる女の子だ。だから僕はそれに従っている。お姉ちゃんの言うことは、絶対だ。

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関係者に聞くと、この曲でフンドーキンCMが作られたのは今回が初めてではないという。

昭和か平成初期にかけても上臼杵駅を舞台にした「臼杵川を渡れば」のフンドーキンCMが存在し、それが令和の時代にまるでガス人間のようにリメイクされたことになる。

そういえば、上臼杵駅は二階堂CMの舞台にもなっていた。違法アップロードの動画でみた。

臼杵好きの姉に話すと、「あの頃は上臼杵駅前に日常雑貨の個人店があって、雨宿りをしていたら温かいお茶を出してくれて親切にしてもらった」と懐かしそうに語ってくれた。

臼杵の人は本当に温かい。

「赤猫根性」なんて揶揄されることもあるが、決してそんな気がしない。福良神社にいる赤猫たちのように、愛らしい。

また大林宣彦監督の臼杵を舞台にした映画をモチーフにしているとも。叶わなかった大分三部作。それをフンドーキンCMの三部作(「宇宙」「上臼杵駅」「浴衣」)でトレースした。そんな考察話も聞いた。

そうみると、これ、大分(だいぶ)エモい。

僕は、毎年年末には必ず臼杵へ足を運ぶようにしている。

2024年に宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』を観て以来、臼杵川の同じ場所で2年連続で青鷺を見かけているが、これを単なる偶然という言葉で片付けたくはない。

僕は臼杵を介して、生きてきた。

重要な選択をするときは、まず臼杵に行くようにしている。不思議とざわつきが沈み、見えてくるものがある。僕はこの街について、まだまだいくらでも語れる。

臼杵という街は、人を惹きつける。

このフンドーキンの臼杵川を渡ればCMが、どうか多くの人に広まってほしい。