大分合同新聞のコラム東西南北の無料化はこの県の有益だ

子どもたちが夢という決意そして誰もが忌憚なく主張ができる大分のために、受け入れてほしい2つの提案を大分合同新聞にします。僕にとって「君じゃなきゃ」のこの新聞社が取り組むことに意義があります。

決意の主張ができる者を挫く大分をもう終わりにしよう

「信じているものを冒涜される気分はどうだい?」

税金を使って身元がわからないように「気に入らない人格・思想を理由」に卑劣な行為を大分大学の人権派が行っても、行政はまったく問題にしない。

「誰にでも言論の自由がある」

デニー沖縄知事はローラ政治的発言でそう語りました。しかし文化庁はその自由を保障しないまま、国民文化祭を開催。リベラルの論理であれば確実な憲法違反になるのに、「相手が保守」であるだけで「無視」という2重基準が発動される。

2018年に僕が感じたのは「政治思想だけで基準ががらりと変わる時代」に住んでいること。

日出生台の日米合同演習に対し、県の危機管理担当が「この年末の忙しい時期にしなくても」と漏らしたことが記事に掲載されていました。穏やかな三が日を過ごしていた3日、熊本地方では震度6弱の地震が発生。

穏やかに過ごしている日に突然起きるのも災害です。こんな発言をする危機管理担当者であれば大分は守れません。きっと大分合同新聞は日出生台で交わされた公務の嘆きではなければ、この危機管理担当者の発言を大問題にしていたはず。

こんなところも「保守・リベラル」で本来持っているジャーナリズムの信念が変わってしまう。世の中を良くしたいと喧伝する人たちが2重基準で自分たちの拙劣な信念を守ろうとする。

この不条理の淵源こそ政治思想なんです。右も左も認め合い妥協点を探る努力が必要なのに、僕らの代表である立法府の国会も振り回されている。こんな日本をもう終わりにしましょう。

だからこそ手始めにするべきことがある。

「信じているものを卑劣な手段を使って侮辱し決意を挫こうとする独善者を追放する大分」に協力してほしい。右や左の思想など容赦せず、表現・思想・言論の自由を侵す者は大分から必ず追放する。

この環境は、僕ら大分県民が子どもたちの夢を応援できる大分に必ず繋がるはずです。

「皆にかなわない夢」を追う時に最初に訪れる感情は、主張であり決意であり責任です。その延長線上に夢がある。そのスタートを大分全体でどんな人にも保障する大分であるべきです。

「僕が君が、僕や君であるため」に必要な規範。その規範のためには、言論空間を再構築することがこの県に求められます。

大分合同新聞は東西南北の無料化を

むかつくこともあるけれど、それが大分合同新聞東西南北の言論です。だから言論で反論してきました。これが健全な民主主義の成り立ちです。それを全否定したのも、日教組を愛でる大分大学の人権派。リベラルの言葉を借りれば、大分大学の人権派はヒトラーです。

国立大学で教諭を養成する場所がこんな感覚なのですから「言いたいことを言える・主張できる県」を大分の言論空間全体で構築する努力が必要です。

その一歩として大分合同新聞の東西南北を無料化してほしい。

ハードルが高いと思いますが、大分に関する生きた言論を、ネットに繋げれば触れられる環境は大分を前進させるはず。SNSであれこれ主張する大分が僕以上に増えることになる。それは大分をもっとよくするアイデアになる。

悲しいことですが、東西南北無料化はこんな力も持っています。議論の淵源が新聞社であれば、日教組を愛でる大分大学人権派のような「こうでなければならない」に固執する淘汰するべき差別主義者を敬遠する武器にもなる。

「卑近な思想なので行政批判をやめてほしい」なんて国立大学から出てくること自体が大分の恥であることをリベラル層は自覚するべきだ。IP隠蔽して人格否定するような人間が「卑近な思想」なんて発言する時点で、国民主権すら理解できていない大分の知性の醜態を晒しています。

もうひとつ。それは人生の前奏曲である決意を子どもたちに抱かせる刺激にだってなる。夢なんてどこで生まれるのかわからないのですから。ちょっとでもその機会が多い大分の方が良い。生きた言論だからできること。

大分合同新聞のコラム東西南北の無料化は、大分県民が「主張の武器」を持てる環境構築に必ず貢献するはず。この環境は大分にとってプラスしかない。「君じゃなきゃ」できないことです。

大分合同新聞のコラム東西南北を無料にしたことで広がる世界を信じてください。

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