おっぱいが差別用語・児童ポルノになる大分だから北海道のようにエロマンガ表現史が有害図書になるかもしれない

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エロマンガの研究書として注目を集めているエロマンガ表現史が北海道では有害図書指定になったことが行き過ぎと話題になっています。

先の参院選で民進党のトップよりも圧倒的多くの比例票を獲得したけれど、選挙システムによって落選した山田太郎先生といった表現の自由のスペシャリストからも反発の声があがっています。

これは何も北海道だけの問題ではありません。大分もこの可能性があることを指摘しておきましょう。

大分大学のIPアドレスを隠蔽する人権派によると、「おっぱい」が差別用語・児童ポルノにあたるようです。また大分論壇は女性蔑視の差別ブログと認定され、どこから来たのかよくわからない保守思想の弾圧を試みて表現・思想・言論の自由といった基本的人権の根幹を侵害してきました。

一応反論はしたのですが、公共の福祉の概念がすっぽ抜けている自分のイデオロギーだけを守りたい人権派のようで、大分大学のIPアドレス隠蔽を指摘しただけで尻尾を巻いて逃げ出してしまいました。

大分論壇は少し違った視点で大分を観察しております。「おっぱい」という言葉を出したことは反省していますが、これを出すきっかけは別のところにありました。

大分合同新聞が女性にスリーサイズを聞いていたことから「おっぱいは好きだけどスリーサイズを聞くのはおかしいだろ」と書いただけで、「おっぱい」は差別用語と児童ポルノになり、大分論壇は差別ブログになった顛末です。これで大分論壇は猥褻と規定されました。

しかし大分合同新聞の県民女性に向けたセクハラは問題にしない。リベラル大好き「Me too」で大分合同新聞をフルボッコにできるのに、こういう人たちがダンマリしている。これ僕にはまったく理解ができません。一緒にフルボッコにしましょう。こんなことができないのですから、人権派がしたかったことは、大分論壇の口を封じたかっただけ。明確な意図を持った表現・思想・言論の自由への侵害です。

「表現等の侵害は権力が行うこと。憲法のように私人間には発生しないから侵害ではない」などすっとぼけたアホがいますが、為政者を作るのは国民ですよ。こんなアホなことを言う人達が国民主権や民主主義とか恥じることなく主張しているんですから、だからリベラルは信頼に値しないのです。

この人権侵害を書いた記事に、多様性を標榜する大分大学から何百といったアクセスがあるにも関わらず、この学府からなにひとつ反応がありません。これは大分の知性による総意と受け取ることができます。「おっぱいと発言する人間に人権はない」。

大分の諮問機関に影響を与える大分大学が、表現・思想・言論の自由についてこのレベル。これは北海道のようなことがありえるでしょう。よって大分県も平成30年度にエロマンガ表現史が有害図書になるかもしれません。つまり表現・思想・言論の自由への危機になります。

この性表現規制の文化史はエロの社会規範を炙り出した名書だと僕は思っています。規制の背後には政治的力学がある。思想家である東浩紀さんの推薦文で知った本ですが、保守とフェミニストの力学が働き「自分より劣っている人間」から派生し、「男性が持つ特有の性衝動への保護、貞操、子供・女性を守る」手法が規制に影響を与えていると分析しています。ほとんどがエロ表現への嫌悪から生まれており、それを正当化させるために政治的力学を働かせる。昨今の中身がない人権派、大分大学IPアドレス隠蔽事件そのものです。

大分の表現・思想・言論の自由といった基本的人権の根幹に興味がある方に必読だとおすすめしておきます。性表現規制の文化史は、大分県立図書館や大分市図書館に所蔵されていますので借りて読んでください。

精液を女性の顔にぶっかけることが愛情のように本気で感じている男子がいます。大学生になっても本気でそう信じている男子が一定の数いるんです。妊娠のメカニズムは理解できても、コンドームの付け方も知らない男子がいるんです。コンドームに射精をすればいいのに、わざわざ射精時直前に外して挿入し、女の子のお腹やお顔やおっぱいにぶっかけることが愛情と感じている、もしくは快感だと感じている男子がいるんです。(勇気を出して言おう。妻ちゃんと同意を得た快感おっぱいは僕だ!)

その理由は教えてもらっていないから。知識はAVだから。押し倒し無理やり犯せば喘ぎだすと考えている男子もいます。だったらAVのせいにすればいい。このような短絡的思考でエロ規制を行っている背景があります。

しかし共謀罪で有名になった京都大学教授の高山佳奈子先生は、このような短絡的思考を痛烈に批判しています。整合性がとれないと。共謀罪を反対するからこそ、表現・思想・言論の自由を守ろうとしてくれました。その理由は基本的人権の根幹だからです。それがないのが大分大学。だから僕は大分大学の鈍感力を批判をしているのです。

エロの表現は規制するが、性教育は完全に遅れをとっており、なんら少年と少女を守れていない現実があります。保守的だったり、女性が性の役割を担わされているといった一方的な主張でエロ表現規制には関心を持つけれど、肝心の性衝動については関心を持てない。本質は表現の規制ではなく、人間の性質である衝動なんです。

衝動を解消する性表現を規制しても、「性行為への知識や思いやりや愛」がガバガバであれば誰も救えません。もうひとつ加えると、表現規制と年齢規制は別物。ついでにいうとAV強要やJKビジネスも。同じ熱量で語るから本質からずれていく。

大分県でも有害図書指定の会議を年2回ほどやっているんですかね?

2010年くらいから厳しくなったのですが、ほとんど暴力団関係の雑誌等が標的にされ、一部自殺マニュアルなどの本が指定されています。大分県青少年健全育成審議会が29年度まで行われていますが、ぜひ30年度はこの大
分論壇を有害図書指定にしていただけたらと、お先生方に申告しておきます。

自主規制と受け取ってください。著しく青少年の粗暴性を助長するなんて言葉をもらえたら、僕は我慢汁出そうです。僕をその会議に呼んでほしいくらい。その場で有害図書・ブログ指定されたら、「僕がいま垂れ流す我慢汁も妊娠する可能性がある。大分大学推薦大分論壇有害図書ブログ指定はコンドームの付け方と性行為と愛の関係を大分坊やたちに教えることと引き換えだ」とお先生方と議論をしたい。

「変態には変態をぶつけるんだよ」の理論で。

あ、変態っていったら忘れていました。大分はIPアドレスを隠蔽しないとネットでも言いたいこともいえない表現の自由がないことを知性が認めた県でした。なので議論なんてできませんね。民主主義の基本である議論ができない文化後進県おおいたです。すなわち“変態”です。しかも不完全な民主主義を完全否定しているんですから、究極の変態です。

こんなアイロニーはほどほどにして…。

この会議でも良いですが、県は危機感を持ってください。大分大学のこういった姿勢に気をつけないと、とんでもない県になりますよ。

学生に罪はありません。この大分の知性が起こした人権侵害の問題は、多様性を標榜する大分大学の教職員たちが解決するべきです。それを勧告する役割も県にあると考えます。このままでは目標を持ってこの大学に来た学生がかわいそうです。学生を守れるのは大分大学だけなのですから。

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