夏休み前になると恒例の女子高校生に向けた防犯意識を高める授業がどこかしらの高校である。手を摑まえられたらくるりと回す、後ろから抱きつかれたら肘鉄や相手の足を思いっきり踏むなどの例の護身術を学んだようだ。そのニュースを伝えるNHK大分の南波アナは、最後にこう付け加えた。
「不審者に気を付けて」。
こういう呼びかけは、僕はとても大切だと感じる。南波アナがこう呼びかけることで、女子高校生らのお年頃の子供を持つ親御さんに注意喚起することができる。そうすると家庭のなかでも意識が高まり、夜出歩かせない、子供に伝えるなどといった環境を作ることができる。たとえ対象の子供たちが見ていないとしても、めぐりめぐって防犯意識を高める大分に貢献する。
高校の頃付き合っていた同級生をお祭りなどのイベントの後、自宅まで必ず送っていた。そして必ず玄関の前で待たされた。お母さんが出てきてちょっとした会話してから帰ることになる。もちろん彼女も手を振っているが、どうしてもお母さんの方に目が向く。彼女のお母さんからバイバイされながら、僕らのデートは終わる。
これもひとつの防犯意識だったのだろう。安全に自分の娘を自宅まで送ってもらえることの確認。自宅周辺で不審者に狙われる可能性もある。それを防ぐために玄関まで送ることを親御さんが求めていたのだろう。そう考えると別の見方もできる。これは僕を試していたのだろうかと。「自分の娘を預けることができる男であるのか?」それを試されていたようにも感じるのだ。
ケンカになったときも毎回送っていた。険悪な仲で一言も口を利かないまま自宅に送る。玄関前に出てきた彼女のお母さんも「あらま」と感じで僕に同情してくれたりした。このようなやりとりは、自宅まで送らないと何か面倒なことが起きると僕に予感させた。「何があっても送らなければならない」決意を僕にさせたことになる。お母さんが毎回玄関の前に出てくることで、僕の状況は完全に決定してしまったのだ。
徹底してお父さんは玄関には出てこなかったが、それでも父親の監視の目があったように感じる。きっとお父さんは娘を守る軍師であり、それを実行に移したのがお母さんだったのだろう。「見透かした真似をしてくれるぜ、お父さんとお母さん」と僕は今になってそう思う。有効的な娘の守り方だと、僕は今になって感心する。
「今になってそう思う」ことは、歳を重ねると必ず感じるようになる。主権者教育や大分合同新聞嫌いの若い主権者と交流を持つようになった君たちに言えることは、「めんどくせーな」と思うことは数年後きっと君たちのために必要だったことと感じるはずだ。変質者以外は何かしら、君たちのことを心配している。「めんどくせーな」的なものに耳を傾けることも大切だ。不審者に狙われない大分の夏休みを過ごしてほしい。
「不審者に気を付けて」と南波アナに言われると、ちょっとドキっとしてしまう僕はそんな風に思う。
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