大分合同新聞東西南北に紹介された小野信爾花園大学名誉教授にこの県の人権における不条理さを紹介したい

5日の大分合同新聞東西南北で、京大生であった花園大学名誉教授である小野信爾さんにまつわるエピソードが紹介されています。連合軍の占領期、占領軍の都合の悪い民間人を裁く軍事占領裁判所があり、「朝鮮戦争に協力するな」と反戦ビラを巻いた当時京大生であった小野さんが捕まりました。

やがて釈放されるだろうと小野さんは楽観していたのですが、思いがけない重刑。当時平和憲法があったのに、なぜ反戦運動をしただけで捕まったのか?憲法改正が議論している今だからこそ真の平和を考えたいと、東西南北が訴えています。

記者は自分のイデオロギーを代弁してくれる先生を紙面に持ってくるのが基本姿勢であり、ここに大分合同新聞が主張する「公正」などさらさらないことを大分県民は理解してください。平和に導くプロセスがイデオロギーによって異なるのですから、呼びかける側に公正がないと始まらない議論です。つまり考えさせる気などさらさらない。いつもの独善的な大分合同新聞の病的な言論の始まり。

今回の東西南北に指摘するのであれば平和憲法ではなく基本的人権の根幹である表現の自由、その細部に存在する言論の自由が相対していることを強調したコラム形成の方が県民に響くはず。しかし今の大分県にその訴えは危険との判断から、あえて避けたようにも見えるのです。間違っても表現や言論の自由なんて大分リベラルから発言できないはず。

僕の視点としては小野名誉教授は憲法に保障されている表現の自由を、その憲法を作った占領軍から侵害されたと見ます。そんな小野名誉教授に、この県における言論界の稚拙さ、そして不平等な人権意識、平和など語る土壌がない不条理な大分を紹介したいです。

大分論壇は、国立大分大学からIPアドレスを隠蔽されて表現の自由を侵害されました。知見もないのに知的ぶった恥ずかしい人が国立大学にいる。荒唐無稽、稚拙で中身がからっぽな通常運転の人権派・リベラル派だと認識し、小野名誉教授の学生時代のように僕も楽観していました。大分大学からなにかしらのメッセージがあるのだろうと。しかしいまだに反応はありません。リベラル派や人権派の通例な感覚であれば紛れもない人権侵害であるにも関わらず、無視され続けています。

占領軍に捕まった小野名誉教授との違いはありますが、大分では学府が自分のイデオロギーを正当化させるために、ありもしない人権侵害を捏造し、表現の自由を侵害して言論封殺を試みました。最終的に権力と対峙する学府と平和を問いかけるジャーナリズムが、自分たちの仲間の人権侵害を完全無視している事実は大分における人権の切迫した脅威になります。

公共の福祉という基本中の基本さえも理解できないズタボロな知性が、利己的に人権を主張する大分。人権の蹂躙が必ず行われる戦争・紛争を回避する平和を語れるだけの知力がこの県にあると断言できるでしょうか?

ここをリベラル派自らが是正と反省をしない限り、大分の基本的人権って熟成しませんし、それは平和を考えるきっかけにも繋がりません。中身がない議論は独善主義を生みます。それが帝国主義を生み出し、リベラルが安倍首相に当てはめるヒトラーまで生み出したのも事実。そう考えればとても危険な独善的な議論を大分合同新聞は推奨しようとしていることになります。

この大分大学IPアドレス隠蔽事件のすべての責任は、人権侵害をしてまでイデオロギーを守ろうとするリベラリズムにあること。これを大分大学と大分合同新聞が理解できなければ、小野名誉教授の不条理な体験から平和を考える議論なんて参加できません。

4000円以上する小野名誉教授の体験記「京大生・小野君の占領期獄中日記」を読んでみたい。大分合同新聞や多様性を標榜する大分大学のような公正さが皆無のリベラル派が推奨する文献として効力を持つとしたら…。これはこれで小野名誉教授から何にも学んでいないリベラル派が存在していることを証明できる。

結果的に小野名誉教授の体験を何も理解できていない失礼な東西南北であることも同時に露呈することになるでしょう。このエピソードを紹介する前に大分には解決しなければいけない問題がある。それが大分大学IPアドレス隠蔽事件です。真の平和を考えたいなら大分合同新聞は、無視をすることができないはず。

こんな大分を完全無視している新聞社に平和なんて語らせて生まれた社会は、小野名誉教授のように今度は僕が捕まる未来になる。独善的で平等ではない偏った人権意識を持つ大分リベラルに叩きのめされることになるでしょう。表現・思想・言論の自由を否定した社会を肯定しているのが大分リベラル。ここに明るい未来があるって言えますか?

表現・思想・言論の自由を基盤にできないジャーナリズムが真の平和を訴える大分。この時点でおかしいと感じる主権者がいなければ、全面的な民主主義の敗北だと僕は思います。その主権者を間接的に育てているのはマスメディアです。全面的な民主主義の敗北は、大分合同新聞が誘引したことになる。こんな新聞社が真の平和を考えようとしているなんて「ふざけるな」と思います。

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