穴見議員にしか政治家の責任と誠意はない?ゲス大分1区の淵源は大分合同新聞だ!

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がん患者へ暴言を吐いた穴見議員と売春防止法の釈明すらしない吉良議員を選出しているゲス大分1区を前回論じましたが、その淵源の責任は大分合同新聞であると主張します。

大分合同新聞が考える責任と誠意のかたちがまったく見えてきませんが、辞職もその方向性を帯びることになるでしょう。それだけの責任が穴見議員にあることは間違いないのですから。

もしかすると紙面による謝罪と釈明を指しているのかもしれません。そうであれば気が合います。しっかりカメラの前に出てきて、大分1区の有権者に釈明をするべきです。政治家には有権者に説明責任がありますので、そこから逃がしてはいけません。

大分合同新聞は前回のように失敗しないでほしい。前回外食産業の経験から出た「物乞いの精神」の発言の報道から、穴見議員は大分合同新聞から一定期間取材拒否をしているように有権者には映っています。だから今回は、失敗をしないで追い詰めるべきです。

しかし追い詰めるべき存在は穴見議員だけではありません。

国民民主党の吉良州司議員。メルマガでは同じ選挙区で争ったにも関わらず、穴見議員の名前すらあげないで批判しました。自身はモリカケ語らない系議員を自称し、国益と論議で勝負する議員であることを強調していたのに、同じ選挙区の対抗馬の不祥事は嬉しくて仕方がなかった模様。まあ人間らしくてかわいい部分でもあるでしょう。

しかし吉良先生は自身の売春防止法疑惑に関して、なんら釈明をせずに逃げ回りました。そんな議員が対抗馬の不祥事を利用しているのですから、政治的パフォーマンス。がん患者の参考人を利用してイメージアップを図る戦略です。

「参考人に対する温かい拍手と感謝がある委員会は素晴らしい」なんてメルマガに書いていますが、モリカケ語る系野党が審議拒否をして共産党が呼んだ参考人を放置していた委員会があったことを書かないあたり、空虚な主張です。

そんなに委員会を賛美したいのであれば、審議拒否した野党議員として放置した参考人に謝罪するべきだ。他の野党議員と自身は違うと一線を画しますが、タイミングが来れば政治的パフォーマンスに勤しむ系議員が吉良先生であることがわかりました。

今度吉良アナリストとして「どうしてモリカケを語らない吉良先生は便乗してアホな政治的パフォーマンスに走ったのか?」を論じたい。前回で1区で破れた原因、3000票差の意味がまったく理解できていない吉良先生に触れることができるでしょう。

そうみると穴見議員同様に吉良先生の薄っぺらさも見えてきます。

ではなぜ吉良先生は逃げることができたのか?

それは紛れもなく大分マスメディアが取り上げなかったからです。穴見議員の物乞いの精神は紙面を割くほど批判していたのに、示談金が発生した下半身スキャンダルは一切報じなかった大分合同新聞。

どうして示談金が発生したのか?デリヘル嬢に何をしたのか?風俗を利用することに後ろめたさがあったのか?その後ろめたさを発生させるのが風俗嬢である認識が正しいのか?

ここの問題は、デリヘル嬢の尊厳まで発展する問題です。デリヘル嬢も有権者であることも忘れずに。国民民主党の議員がme too運動をしていましたが、吉良議員も誘うべきでした。

県民女性にスリーサイズを聞いて釈明すらしない新聞社ですから「示談金が発生したデリヘル嬢なんてどうでもいい」なんて考えているようにも思える方もいるかもしれませんが、そんなことはないはず。とても単純な理由です。

イデオロギー的な意図を持って取り上げなかっただけです。安倍政権と自民党へのマイナスになることは報じるが、野党には徹底して無視をする。安保法制国会時だったからこそ、野党にマイナスになることは伝えないスタンスを取っただけ。

ここは女性の自己紹介にスリーサイズを必要とした大分合同新聞に、責任と誠意が生じます。デリヘル嬢の尊厳について、吉良先生に説明責任を今からでも求めるべきです。それと同時に県民女性に向けたセクハラの説明責任が大分合同新聞にあります。

これができないと、この新聞社から出てくる「政治家の責任と誠意」なんて言葉に薄っぺらさを感じます。他人にあてる物差しを自分にあてるのを拒む者を偽善者といいますが、この新聞社にもダブルスタンダードが存在しているとしか思えません。政治家に求めるなら、自ら責任と誠意のかたちを大分合同新聞社が見せるべきです。

何度もいいますが、穴見議員の発言を許してはいけません。しかし他にも詰めるべき議員が居て、それを意図的に見過ごしている大分合同新聞のジャーナリズムとしての姿勢が問題なのです。吉良先生を糾弾することができないのであれば、紛れもなく偏向報道としか評価することができません。

僕たちの大分1区を取り戻すには、大分合同新聞のような善人ぶったジャーナリズムを全否定することがスタートになります。こんな大分では正常な国民主権なんて絶対に根付きません。

このような偏った新聞社が大分県の若い世代に主権者教育の名でズケズケと教育現場に入り込んでいた大分県があります。このようなバイアスがかかった大分の政治をなんとかしないと、大分1区の正常化なんて図れません。

幅広い意見と事実に触れて、最終的に自分で判断し投票するのが選挙です。イメージ操作だけが先行してしまえば、僕らの生活なんて変わるはずもありません。

大分1区の有権者が共通認識にするべきこと。

「穴見も吉良も大分合同新聞もいい加減にしろ!利己主義を全面的に押し出すなら大分から出て行け!」。

穴見も吉良も大分合同新聞も、大分1区の有権者を舐めすぎています。

異常な大分を理解しなければ、穴見糾弾は空虚な批判になり、それ以上の収穫はなにもありません。ただ参考人を傷つけてしまっただけ。何のために参考人として呼ばれたのかを考えれば、この異常な大分を改善することが送り出した有権者としての責任だと感じます。

大分1区において自民党議員だけを批判しても、本質の改善には至りません。

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