大分合同新聞東西南北コラムニスト安氏は燃えているのかい?

2026年5月3日憲法記念日コラムニスト安氏から

大分合同新聞の記事を引用し批判するとGoogleからポリシー違反
大分合同新聞東西南北の誤字、反論のためにコラムをスクショで掲載すると、Googleからポリシー違反。フェイクニュースっておまえらが言うから、改ざんしていないコラムが必要じゃん。護憲派が税金で言論封殺するこの県の言論空間の異常性。

憲法記念日の朝、僕は「憲法記念日だー!」と小学生のように跳ねた。

期待に胸を膨らませて大分合同新聞東西南北に刮目した僕は、ひどく落胆した。そこに並んでいたのは、平和憲法への誓いでも、権力への監視の言葉でもなく、人工ダイヤモンドの解説だった。

護憲派を自認する新聞が、1年のうちで最もその矜持を示すべき日に、なぜエシカルな消費や対米投融資の話題で憲法記念日から逃亡したのか。

今の首相は、憲法9条改憲派の象徴だぜ。

安氏の意図を測りかねて模索した時間は、まさに人工ダイヤをラボで生成するような虚無で人工的な作業だった。

憲法記念日から大分合同新聞東西南北の安氏が消えた、蜃気楼みたいに。

スポンサーリンク

吉良州司氏の暴言に沈黙という無機質な大分左翼の護憲派たち

吉良州司さんは戦争に行かせる国会議員

天邪鬼な性格と前置きし、エリート層から多くの賛同が寄せられる(自称)民主主義国家に生まれた怪奇な議員・有志の会代表大分一区の吉良州司さんを知る努力。

大分における護憲運動がいかに形骸化しているかは、吉良州司元衆院議員への対応を見れば明らかだ。

「私に反対なら銃を持って戦争に行ってほしい」

この平和主義だけではない憲法の根底を覆す暴言に対し、大分大学の憲法学者をはじめとする県内のアカデミックや護憲派団体は、揃いも揃って「完全無視」を決め込んだ。

理由は明白だ。ただ反自民であればいい。大分において生活や反戦なんて後回しだ。

反自民だけで生きていける大分左翼の宗教観。

吉良氏を選挙で勝たせるためなら、憲法の理念など二の次、三の次。2026年の今、吉良氏が政界を引退してもなお、彼らはその不都合な真実に蓋をし、矜持を見せることのないまま、静かに憲法記念日をやり過ごした。

僕は大分合同新聞東西南北しか興味がないので、ここ数年紙面はまったく開いていない。

大分大学の色彩を帯びた学者の名前、「半分赤い」だったかな?誰もどこにも行けないまったく価値のないケンポーのアチョー談話特集は憲法記念日の日にあったのだろう。でも本紙の顔と自負する看板コラムは、ダイヤモンドの硬度を測っていた。

無機質な大分左翼たちだ。

2025年参院選大分選挙区は吉田忠智さん当選こそが大分県民らしさ!
大分県民らしさを出せるのは、やっぱり立憲民主党の吉田忠智さんだから2025年参院選に行こう。
スポンサーリンク

安っぽい大分合同新聞東西南北コラムニスト安氏のあの頃の暴論が恋しい

そんな腑抜けた大分合同新聞東西南北を読んでいると、君が代でドヤっていたコラムニスト安氏の安っぽさが、狂おしいほどに懐かしくなる。

大分合同新聞東西南北コラムニスト安氏は君が代が大嫌いってことだけがわかった訂正と異常なゴールポストの移動
「世界史の教科書に日本史がないから日本のルーツは謎」レベルの暴論。大分合同新聞東西南北コラムニスト安氏の君が代コラム再びが披露した、マヌケな自己論破と生粋の国粋主義学者を使った権威の腹話術。

安氏はこの憲法記念日という絶好のポジションの日に、彼は人工ダイヤコラムを書いた。

「世界史の教科書に日本史がないので日本の歴史は謎だ」のような「護憲派集会に改憲派はいなかった」という中学生でも書かない暴論すら披露してくれなかった。

それはまるで「好き避け」のように僕は感じた。

あの暴論こそが、大分合同新聞東西南北コラムニスト安氏の「安っぽさ」の真骨頂だったはずだ。

憲法記念日の大分合同新聞東西南北は磨きすぎた人工ダイヤのような無機質さしかない。僕が読みたいのは、そんな綺麗な石ころの話じゃない。安氏が書いたような、ツッコミどころ満載な「安っぽい大分左翼の情熱」なのだ。

「人工ダイヤモンドに炭素は含まれている」くらいは書けるだろう?だって君は安っぽいコラムに定評があるのだから。

安氏よ、君は今、何を書いているんだい?

ダイヤモンドのような生命感がない沈黙の中に消えてしまったのか? あの「君が代コラム」という伝説を残して以降、安氏の安っぽい文字が紙面から消えてしまったことを、僕は深く嘆いている。

安氏よ、安っぽいコラムを書いてくれ。

君がいない僕は、大分の何を歌えばいいんだろう。