
大分1区は目を覚ます時が来ました。
「昔から知っているから」「なんとなくベテランだから」「自民党が嫌だから」。 そんな理由で吉良州司氏(前職)に投票しようとしているなら、少しだけ立ち止まって考えてみてください。
2024年の選挙結果は、あくまで「自民党へのお灸」でした。しかし2026年衆院選2月8日の投開票は意味が違います。 これは、大分1区が「国会で発言権のない『沈黙の選挙区』になるか、政府と直結した『利益誘導の選挙区』になるか」を選ぶ分岐点なのです。
もっと言えば、今回の選挙で吉良氏が当選してしまった場合、私たち大分1区の民意は次の解散まで国政に一切反映されなくなるという危機的状況にあることを理解していただきたいです。
今回は、吉良氏に投票することが物理的に「無意味」になってしまう事実を明らかにします。
吉良氏を支えた連合大分「民間労組」の決別宣言
最大の異変は、吉良氏の最大の支持母体であった「連合大分」の分裂です。
国民民主党が独自路線を歩み、事実上の対決姿勢を見せる今、これまで吉良氏を支えてきた数万票規模の「民間労組票」は、彼から離れてしまう公算が高いです。
その民間票の破壊力は絶大です。前回の大分市議選において、民間労組の支援を受けた国民民主党候補者がトップ当選を果たしたことを思い出してください。
あのトップ当選を生み出した巨大な票田が、今回は吉良氏からごっそりと消滅する可能性が高くなります。企業の発展と現実路線を重視する民間労組にとって、国民民主党と決裂し孤立した吉良氏を推すメリットはもはやゼロになりました。
「基礎票」という足場が外された無所属候補。 長年の関係性から公明党の組織票も自民党へ流れるとの見方が強まる中、吉良氏がこの数万票の穴を埋める術は、数字的に存在しません。
あるとするなら、「生活者ファーストを捨ててまで叫びたい『自民党が嫌だから』吉良州司」という大分1区特有の主権者教育に失敗した知性がない感情論で生まれたくだらない民意だけです。
みんろうきょうの推薦については、別記事にしました。
国民民主党の温情で質問していた吉良氏が刺客を送られた意味
吉良氏に投票しても、あなたの声は国会に届きません。比喩ではなく、物理的に届かないのです。
これまで彼は、国民民主党から、そして時々立憲民主党からも質問時間を融通してもらう温情によって、なんとか国会質問を行っていました。 しかし今回は国民民主党から事実上の刺客となる対立候補を立てられ、関係は完全に決裂しました。
これにより無所属の吉良氏は、質問時間さえも失うことになります。かつての盟友から刺客を送られた意味は、単なる対立ではありません。
吉良氏は国民民主党から「もうあなたには任せられない」という強烈な三行半を突きつけられました。
恐ろしいのは、これが「落選した場合」の話ではないことです。 万が一、吉良氏が当選したとしても、無所属のまま、しかも国民民主党と決裂した「完全な孤立状態」で国会に戻ることになります。 法案も通せず、質問もできず、与野党どちらからも相手にされない。
そんな議員に、私たちの切実な願いや生活の課題を解決する力があるでしょうか?彼が勝つということは、大分1区の民意が国政からシャットアウトされることと同義なのです。
生活者ファーストではなく、吉良ファーストの継続となります。
民意を無視した自己陶酔な大分の痛みを見捨てる異常な吉良州司氏の正体
そもそも、吉良氏には大分1区の民意を反映させる気はありません。従来通り今回の選挙で「生活者ファースト」を掲げていますが、実態は「吉良ファースト」であったことは明確な事実です。過去の言動を振り返れば、理解していただけるはずです。
国民民主党から融通された貴重な質問時間を得ても、彼は常に「世界を知る私」をアピールすることに終始し、肝心の大分の課題について具体的な質問をしてきませんでした。
前回の国会質問(国民民主党枠)では一部で共感を得たとされますが、その内容は常識的に見て多くの誤りを含み、到底評価できるものではありません。
今回、国民民主党がわざわざ対立候補を送り込んできた事実こそが、「あなたの主張や知識は間違っている」「もう我が党の貴重な時間は譲れない」という、痛烈な批判そのものではないでしょうか。
さらに許しがたいのは、地元・大分で起きた悲劇に対する冷淡な態度です。大分市で起きた時速194キロの死亡事故。法改正が必要なこの重大問題に対し、国会で声を上げ、動いたのは自民党議員たちでした。地元選出であるはずの吉良氏は、この問題解決に汗をかく気すらありませんでした。
ただ「世界を知る私」を国会でこすり続けていただけです。
地元中学校での暴力動画拡散問題についても、彼はアクションを起こしていません。過去の「反対なら銃を持って戦争に行ってください」という暴言を思い出してください。あれは失言ではなく、「暴力肯定主義」という彼の本性だったのではないでしょうか?
大分の痛みを無視し、自己陶酔するだけの政治家に、私たちの命や生活を守る資格はありません。
吉良州司氏の事実を歪曲した人格攻撃で潰された自民党候補者と変化を促す国民民主党と参政党の新しい風
対立候補となる新人に目を向けてみましょう。
私たちは2024年の衆院選で起した「過ち」を決して忘れてはなりません。それは、大分1区の課題を知り尽くし、県議会選大分市トップ当選という圧倒的な「民意」を得ていた実力者を、卑劣な「人格攻撃」で潰した事実です。
彼に向けられる「世襲」というレッテルは、数字の前では無意味です。親の七光りだけで「2期連続トップ当選」は不可能です。1度ならず2度までも圧倒的な支持を得た事実は、彼が世襲という厳しい目を超えて大分市民から真に実力を認められた何よりの証明です。
しかし前回、吉良氏側は政策論争ではなく、本人には全く無関係な裏金問題を執拗に結びつけ、有権者の目を曇らせました。
そもそも父親である政界引退した衛藤晟一さんは、世襲に対して厳しい目を持っています。また国会議員時代であっても、過去は大分1区で敗れ、県外からの支持を受けて比例区からの出馬で議員生活を過ごしました。
よって自民党新人には、世襲として大分1区に票田がないのが実態です。
そんな新人を人格攻撃と世襲レッテルで有権者に悪意を植え付けたのが、国会で言論自慰を続ける吉良州司氏です。
国民民主党候補者に対して県外出身との批判もありますが、それは的外れです。
長年の「なあなあ」で澱んだ大分1区の流れを変えるには、しがらみのない強力な外部の力こそが必要でした。まともな民意を形成するきっかけを作ったという意味で、これ以上ない「素晴らしいタイミング」での出馬と言えます。事実上、国民民主党が大分1区に候補を擁立したこと自体が、吉良州司氏の異常性を立証することになりました。
また参政党候補者も一人ひとりの民意を丁寧に聞き取り、大分1区に深く浸透しようと真摯に活動しています。
「自民党は嫌だから」「なんとなく現職で」という惰性で当選を重ねてきた吉良州司氏と、覚悟を持って挑む他の候補者たちは、政治家としての在り方が別格に違います。
孤立無援で、他者への人格攻撃と「世界を知る私の自己陶酔」しか打つ手がない吉良氏は、もはや「過去の人」です。対照的に実力で民意を勝ち取り国と連携して地域を動かせる3名こそが、大分1区が選ぶべき「未来の人」です。
立民とは離れた共産党は、総括が必要ですので、今回は言及を避けます。
選挙期間中に、吉良州司氏の悪質性についても吉良専門家である私がひとつの記事に仕上げる予定ですので、ご期待ください。
「吉良ファースト」という古い政治と決別し本物の「生活者ファースト」へ
選択肢は残酷なほど明確です。
- 吉良州司氏:国会で一言も喋れず、仲間も組織も失い、ただ雰囲気だけを纏った「過去の遺物」。
- 政党公認の候補者たち(自民・国民・参政・共産):自民党新人だけでなく、国民民主、参政党、そして共産党も、それぞれの立場から民意を国政へ伝える「機能」と「強い意欲」を持っています。どの政党候補も、孤立した吉良氏とは違い、私たちの声を届ける正常な回路を持った「未来への選択肢」です。
吉良氏は無所属であるため、比例復活の道はありません。小選挙区で1票でも負ければ、その瞬間に政治生命は終わります。情で票を入れるには、大分の未来はあまりに重すぎます。
2026年2月8日、大分1区は生活者としてのまっとうな民意を確立させる。 特に若い世代こそ、賢明な判断をする準備を整えてください。
吉良ファーストではなく、本物の生活者ファーストを実現する選挙。それが、今回の2026衆院選大分1区です。



