天下の卑怯者国民民主党吉良州司先生が参院6増参院選挙改革を天下の悪法と激昂する滑稽さ

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大分1区国民民主党吉良州司先生はモリカケ語らない系議員を自称しながら、同じ選挙区のがん患者に対する「いい加減にしろ!」で有名になった自民党穴見議員を批判しました。

納得できませんが釈明をした穴見議員。しかし売春疑惑に対して釈明をせずにすべてをシャットアウトした吉良先生。そんな釈明すらできない議員が6増法案参院選挙改革を天下の悪法と激昂する姿勢は、とても滑稽に見えます。

この件に対してマスメディアと野党が自民党をめちゃくちゃ叩いていますが、僕からしてみれば「また始まった」と感じます。野党もマスメディアも、過去の主張くらい、いい加減覚えておきましょう。

最高裁が違憲としたことから島根・鳥取と高知・徳島が合区となりました。この法案って僕の記憶が正しければ民主党と共同で合区案を出したはず。与党である公明党が自民党を説得したかたちに見えて僕は大笑いしたことからよく覚えています。違憲状態から合区案を主導したのは民主党です。

当然選挙区から不満が出てきます。2016年の高知選挙区では、投票率が全国都道府県で過去最低となり、無効票が前回よりも6割増で「合区反対」と書かれた票も。該当区では最悪の国民主権のかたちとなりました。

合区の不満噴出解消案として出てきたのが、比例代表での優遇措置。参院選の非拘束名簿式では、合区となった候補者を比例にまわしても、組織票で固められる候補者に勝てるとは思えない。非拘束名簿式であれば合区となった候補者を回しても、合区の有権者の声が届くのかどうかわからない現状があるのです。

それを汲み取ったのも、今回の拘束名簿の特定枠です。

そもそもこの法案自体、1票の格差が淵源です。その是正のために合区となった。そこから島根・鳥取と高知・徳島の不公平さを是正するための改正法案でもあります。

吉良先生は野田さんと安倍首相の約束「議員削減」を破ったと激昂していますが、その気持ちはわからないわけではない。安倍首相は約束を反故しているのは事実です。いまの国会であれば、穴見も吉良もいらない大分1区を例に出しても6枠増やすことのメリットはないと感じます。合区で犠牲となった数だけ補えば十分でしょう。

ただ僕は国民の声の反映という観点からみれば、まだまだ議員数が少ないと感じます。

たとえば安保法制。多くの国民が反対していたはずなのに、自民党圧勝といった不可思議な出来事が起きました。多くの国民が反対していたのですから、国民の声が反映されていないとしか見えません。それともマスメディアと野党議員が嘘をついていたのですか?その総括をぜひとも野党議員から聞きたい。

はたして参院選挙改革法案を天下の悪法と評価して良いのか?

6増法案が国民感情を逆撫でしていることを理解しますが、だったら島根らの合区は無視して良いのか?ここを問われているのも参院選挙改革法案であることを忘れずに。合区になったときと真逆の論調をマスメディアが報道し、それに乗っかる野党の国会議員が存在していることが恥ずかしい。

特定の候補者を狙い撃ちして当選しやすくなる党利党略の改正法案なんて、ぶっとんだ論理をかましている野党議員やマスメディア。国民主権をあれほど主張している大分合同新聞も、合区から派生した参院選挙改革を自民党の党利党略に書き換える。何度も主張しますが合区になった背景に触れないと、この法案は語れません。

別の見方も提案しましょう。野党にもチャンスがあるのですから、勝てばいいだけなんです。国民から支持をもらい、6増すべて固めればいいんです。それだけの話。なのに党利党略とかよく言えるなと、野田元総理ではないですがこのとんでも論理にびっくりポンです。それだけ野党に国民からの支持が得らない自信のなさを感じることができます。

立憲であれば人権侵害系有田議員や、野党で唯一愛される通称ただとも吉田さんも特定枠にすればメリットはある。たとえば参院に鞍替えするようなことがあれば「売春は30万円で示談!女は金で買え!!県民女性の自己紹介にスリーサイズが必要だったセクハラ・女性蔑視新聞社大分合同新聞も熱烈に支持する吉良先生」も特定枠にできるのですから、ものは考えようです。

参院選挙改革は国民主権からみればフェア。党首討論で国民民主党の玉木議員がモリカケ語らずに国益を優先させたことがありましたが、あの姿勢を続ければ支持率1%(ですかね?)も変わるのではないでしょうか?

本当に国民主権を考えるのであれば、現行の選挙制度改革に踏み切る、議員数の削減が本当に国民主権を担えるのか?今若手議員が中心に取り組んでいる国会改革などに向けた方が本質的だと感じます。安倍政権を正攻法で倒せる要素がたくさんあるのですが、なぜそこにいかないのかがわからない。

吉良先生も書いていますが、参院選挙改革って内閣立法ではなく議員立法なんですね。そうであれば国民主権として妥当な訴えになります。官僚が政治主導を崩壊させる内閣立法ではなく、自発的に議員が働きかけた立法。本来の国会のかたちでもあります。

議員立法であることで、吉良先生の激昂は希釈される。薄っぺらい主張です。内閣立法であれば激昂を支持してあげますが、議員立法です。本来は議員立法で立法府は機能するべきであり、これこそ国民主権。これを貶めるようなことがあればこれこそ国民主権を否定する考えです。

それとも自民党からの議員立法は認められないといった考えでしょうか?これは詮索もされるでしょう。そうであれば「内閣が責任を持って提出しろ」と声をあげるべき。自民党の党利党略を訴えるなら、ここがスタート地点です。ここでようやく吉良先生の激昂は意味を持つものになります。それができないから、吉良先生の激昂は滑稽としか評価できません。

最近の吉良先生は本質に触れることができなくなっている。これは大分の大きな損失です。スキャンダルに対する批判って先生の耳に確実に入っています。それなのに「国民の声が聞こえていない」なんて平気で言えるようになってしまった。

ここにとてつもない怖さを感じます。

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