
三学期が始まる直前、大分市で生徒による学内の暴力事案が発覚しました。
SNSで拡散された大分市立中学校における生徒間の深刻な暴力動画。目を覆いたくなるような映像に、多くの日本国民が衝撃を受け、不安を抱いています。
「単なる子供の喧嘩だ」「特定の学校だけの問題だ」と片付けるのは簡単です。しかし保護者の声から見えてきたのは、学校組織による隠蔽疑惑と、子供たちの間に蔓延する諦めでした。
この問題の根底には、私たち大人の社会、ひいては大分1区の政治風土が長年容認してきた、ある政治的な歪みが横たわっています。
大分市立中学校暴行事案の隠蔽疑惑と子供たちの諦め
問題が発覚した当初、学校側や大分市教育委員会はまるで「初めて知った」かのような反応を見せました。しかしその後の調査で明らかになったのは、あまりにも無責任な実態でした。
教育現場の組織的な隠蔽
学校側は事態を把握していたにもかかわらず、市教委に報告せず、内々で処理しようとしていたことが判明しています。
子どもたちに校内で蔓延する諦め
保護者会では、通っている生徒たちから「暴力は以前からあった既存の事実」という証言が次々と上がりました。しかし「先生に言っても何もしてくれないから」「どうせ変わらないから」「事実を先生に言わないで。何をされるかわからない」と、子供たちは助けを求めることすら諦めていたのです。
なぜ学校は子供たちを守らなかったのか?
もちろん「守ることができなかった」という教師の過酷な労働環境という背景はあるでしょう。しかしそれを免罪符にすることはできません。
生徒のSOSを握りつぶし、組織の保身という隠蔽に走る体質はもはや教育機関としての体をなしていません。
生徒よりも政治思想を重視する連合大分という政治結社が支える候補者が吉良州司氏
ここで問わなければならないのは、こうした隠蔽体質を生んでいる組織の在り方と、政治との関係です。
現場の教師や職員を束ねる日教組や自治労は、本来であれば教育の質を守り、子供たちの安全を守る最後の砦であるはずです。しかし今回の一件で露呈したのは、「自分たちの権利や組織の論理」を優先し、肝心の生徒を守る本来の目的が機能不全に陥っている冷酷な実態でした。
忘れてはならないのが、大分県は大分県教委汚職事件という教育行政の根幹を揺るがす大事件が起きた場所であることです。
この事件では、教員の採用をめぐって不正が横行し、そこには日教組や大分合同新聞幹部も深く関与していました。「子供たちのため」という理念よりも、「組織の利益」や「コネ」が優先される土壌は、一朝一夕にできたものではありません。そうした腐敗した構造の延長線上に、今回の隠蔽体質があるのです。
そしてそんな彼ら連合大分傘下の組織が、今回の選挙で組織を挙げて熱烈に支持しているのが、「暴力肯定主義」の吉良州司氏なのです。
教育現場が暴力と隠蔽にまみれ、子供たちが絶望している時に、その現場の組合が暴力による現状変更を容認する政治家を支えている。
「自分たちの反自民という政治的理念のために、暴力肯定主義すら正しいとする政治結社」になり下がっている証明です。こういう人たちが自民党の隠蔽体質を批判して、政治参加しているのが大分1区の実態です。
労働者を愚弄し思考停止した連合大分という脳筋政治結社の実態
さらに言えば、吉良氏を陰ながら支えている連合大分自体の責任も重大です。
吉良氏はブログ等で「中小企業は潰れてもいい」や「努力を怠る労働者の賃金を上げる必要はない」といった趣旨の、冷酷な新自由主義的な主張を繰り返しています。
これは、連合大分が守るべき「労働者の生活」や「雇用の安定」とは真逆の思想です。にもかかわらず連合大分の一部は「反自民」という一点だけで、労働者を愚弄する吉良氏を支え続けています。
「労働者や生活者ファースト」という看板は、もはや欺瞞でしかありません。
理念も政策の整合性もかなぐり捨て、ただ組織の力学だけで動く彼らの姿は、思考停止した「反自民の脳筋政治結社」と呼ぶべきではないでしょうか?
生徒の悲鳴も、労働者の生活も二の次にして、暴力的な政治家を延命させる組織。それが今の連合大分の正体です。
吉良州司氏の思想が学校の「いじめ構造と暴力」を正当化する
吉良州司氏の政治姿勢と今回の大分市立中学校の校内暴力事案は、不気味なほどリンクしています。
「私に反対なら銃を持って戦争に行ってください」
この発言に象徴されるように、吉良氏は「議論で勝てない相手、相反する日本国民は死んでも構わない」とする暴力による現状変更を容認する思想を持っています。国会議員という公人がこれを堂々と行う選挙区で、子供たちに「いじめはダメだ」「暴力はやめよう」と説得力を持って語れる大人がどれだけいるでしょうか?
大分1区は子どもたちに、人間として間違っている「暴力による現状変更の正しさ」を、吉良州司氏当選を通して正当化してしまったのです。
吉良氏を選び続けることは、この歪んだ論理にお墨付きを与え、子供たちの暴力を加速することに他なりません。
大分1区は、暴力肯定主義を民意として確立してしまったことの反省をするべき時が来ました。
大分1区から暴力を肯定する吉良州司氏とその組織を排斥する2026衆院選
今回の大分市立中学校の件は、吉良州司氏の暴力肯定主義を認めた大分1区の誤った国民主権の結果でもあるのです。
暴力におびえ、大人に絶望している子供たちを守るために、私たちができる最も確実な教育は、暴力を肯定する政治家を落選させることです。そして異常な価値観を持っている一部の連合大分を白日の元に晒すことです。
それが荒廃しつつある大分の教育現場と、子供たちの未来を守るための第一歩です。
2月8日暴力肯定主義と隠蔽体質に終止符を打ち、理性が支配する大分を取り戻しましょう。若い世代こそが選挙に行き、異常な大分1区を終わらせましょう。


