喫煙者を採用しない大分大学の正当性と国立大学の使命

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大分大学IPアドレス隠蔽事件追及のため文科省に「運営交付金で行う人権侵害を認めますか?」と質問したことがあります。すると「国立大学法人化に伴い運営は大学に任せているので大分大学の責任」と返ってきました。

文科省は税金でハラスメントを含む人権侵害を容認していることになりますが、これもひとつの独自性かつ自主性。そこからみれば正当化できる大分大学の喫煙者を採用しない方針(非喫煙者を優先的に採用)です。

長崎大学に続いての方針となりますが、学府として問いたいこと、そして大分の問題として共有したいことがあります。

受動喫煙問題の共有を

嫌煙感情としてある根強い喫煙者排他主義。これをまず是正する必要があります。論理よりも感情が先と認識されることは大分大学にとって本懐ではないでしょう。

「受動喫煙は問題」として認識している人は多いですが、もっと踏み込んだ知識の共有ができていない喫煙者や非喫煙者もいます。

非喫煙者や子どもの前で吸わなければ良いだけではありません。吸ってから40分ほどは有害物質を呼気として吐き出している研究も発表されていますし、髪の毛や衣服についた三次喫煙の問題も顕在化しています。

けっして「肯定派の時代の流れ」や「否定派の行き過ぎ」だけで片付けられる問題ではないのです。

多くの国立大学が屋内外での喫煙を全面喫煙していますが、もっと踏み込んだ対策を大分大学が行ったまで。しかし一方的に喫煙者だけを悪とするのは「感情的な排他主義」になることも、非喫煙者や嫌煙者も自覚しておかないといけません。残念なことですが、今回の方針による大分県民の反応は圧倒的にこちらが多いのです。

だからこそ大分大学には学府としてもうひと頑張りしていただきたい。

国立大学の使命として問いたい

法人化を失敗と評した京都大学山極学長がこんなことを国立大学に求めていました。「オープンサイエンス・オープンイノベーションの拠点として国立大学はあるべきだ」。

文科省は国立大学の自主性を重んじていますので、だからこそ税金で保守に人権侵害ができ、大分県教委汚職事件のパワーワードに逃げ出す自称教員が在籍できるのが大分大学でしょう。まあ多様性ある大学。

しかし喫煙者であることで採用しない方針は、本来あるべき国立大学としての使命を果たせるのか?

この問いから大分大学を逃してはいけません。

学府として説明する義務が大分大学にある

教職員組合書記長で労働法が専門の小山敬晴(たかはる)准教授(経済学部)は「労働行政は採用時に個人の趣味や嗜好を基準にしないよう推奨している。大学の方針は合理性が見いだせない」と指摘。「受動喫煙防止は取り組むべきだが、禁煙指導など病気のような扱いは疑問」と訴える。出典:大分合同新聞24日の記事から

大分大学の准教授でさえ、こんな感情論ともいえる見識が出てくる。受動喫煙が問題だから喫煙者を採用しない方針の骨子すら教職員が理解できていない大分大学があることを顕在化しました。

だからこそ当たり前のことを望みましょう。

大分大学は、喫煙者を採用しない理由を明確にそして論理的に説明するべきです。今回の方針が大分大学が標榜する多様性の背徳行為ではないことを、論理的に説明してほしい。

「喫煙者は優秀ではない・喫煙者は人材を育成できない職員と見做す」のような誤配にもなるかもしれませんが、今回の方針を英断とするならここから逃げてはいけません。粘り強く説明することが、大分に新しいタバコ嗜好の在り方を生み出す可能性すらあるのですから。

違うアングルで「大分のオープンサイエンス・オープンイノベーションの拠点」になれることを忘れないでほしいです。

大分大学に聞きたい小中校教職員喫煙問題

喫煙後40分ほどは有害物質を呼気から検出しているお話をしました。これを踏まえて、こんな現状があるとすれば・・・。

大分県内公立小中校の教職員が学校の“ちょっとした屋外”で喫煙している。

受動喫煙が問題なら、子どもたちが劣悪な環境に晒されている大分教育界があることになりますよね。それについて少数の教員の仮面を被った差別主義者が在籍し、多くの教職員を輩出している大分大学はどう考えているのか?

国立大学の使命として望まれる義務を、税金で人権侵害ができる大分大学に強制的に求めることはしませんが、大分大学の方針と真逆な教育現場があり、もっといえば地方行政があります。喫煙者を排除するのであれば、社会問題として現状の大分教育界をしっかり認識しておいてほしい。

忘れないでください。権力の対極にあるのも学府です。最後の拠り所になるのが大学です。だから整合性ある論理的な知性を求めているのです。

大分のアカデミックとして

大分大学が優先的に非喫煙者を採用する記事を書いた大分合同新聞。国民主権として重要な政治報道では絶対しないのに、こんなときにだけ両論併記するこの新聞社にも苦言を呈したいのですが、物事にはメリットとデメリットがあります。

今回の件では学内の健康を守る反面、優秀な喫煙者の教職員を迎えないデメリットがある。県教委汚職事件でも明らかになっていますが、県教委から教授になれる“コネロード”があることから「優秀な喫煙者の教職員を迎える素地」が大分大学にないのかもしれない。

税金で大分大学から人権侵害を受けた僕からの愛を込めたアイロニーですが、今回のデメリットが大分のアカデミックやインテリジェンスにどんな影響を及ぼすのかも考えないといけません。

家庭内の事情によって県内でしか学べない子どもがいます。この限られた範囲で採用する「多様性ある大分大学」で、柔軟な社会貢献ができる人材を育てることができるのか?

このように考えれば、けっして大分大学だけの問題ではなくなってきます。社会は循環しているのですから、大分の問題として今回のこの方針を考えることを推奨します。

まず大分大学がどんな大学でありたいのか?建設的な動きとして、僕ら県民はこの国立大学に返答を望むべきです。

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