からあげ合衆国大統領と日本のUSA宇佐市の想いを支持しながらクレーマーの創始者を考える

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分断が顕著に表れたトランプアメリカ合衆国大統領の就任式となりましたが、日本のUSAとして内外にアピールをする大分県宇佐市の分断を狙おうとする事案が発生した模様です。物議を醸す発言を繰り返すトランプ大統領の就任式に合わせて大統領就任を祝おうとする企画を、からあげ合衆国大統領と地元の民間団体が企画しましたが、クレームが相次ぎ「祝賀会」を外すことになりました。

僕はそのクレームを入れた人たちに大笑いします。分断を生んだアメリカ合衆国大統領に否定的なのに、日本のUSAとして盛り上げたい宇佐市の企画にいちゃもんをつけて分断させるなんて、「どこの国の矛盾した国家戦略だよ」と思うのですよ。

からあげ合衆国大統領によると、「トランプ氏個人の就任ではなく、アメリカ大統領としての就任を祝い、それに便乗して日本のUSAをアピールしたい」という明確な想いがあった。最後まで人の話を聞かず、独善的に判断し、情報リテラシーがなく読み取ることができない人が日本には一定の数います。町興しや遊ぶ心がある場で、イデオロギーを持ち込む人が後を絶ちません。大分大学にはその専門家がいます。

仮に、宇佐を盛り上げたい団体がトランプ大統領に否定的だとします。日本のUSAということで、当然大統領就任祝いの企画が生まれるでしょう。その場にトランプのカラーがまったくなかった場合の方が、深刻で批判するべき事案だった。「どんな排他的な日本のUSAだよ」ということになります。こちらの方が大きな問題です。

今回のクレームに屈しない宇佐市を盛り上げたい人たちの行動は、まったくそこに排他的な感情はなく、正常な判断をしたと感じています。からあげ合衆国大統領と民間団体は、“仮想(仮装かな)国”としては良心的な“外交”です。情報リテラシーに加えて政治リテラシーもない人たちのくだらない圧力に負けないで。大分県民としても味方になってあげたい。

なんて遊び心で評価します。

「その場にいる人たちに無差別にからあげを乱射(手渡し)して笑顔にする」なんて、銃社会のアメリカへのアイロニーたっぷりな企画。僕がからあげ合衆国大統領の首席補佐官であれば、今回クレームを入れた人たちへの報復として、大統領にこの作戦を提案します。でもこれは首席補佐官を更迭されそうですね。

それにしてもアメリカの分断を生んだトランプさんに大義を見出し、ユニークな企画で盛り上げたい想いを持つ人たちに、いちゃもんをつける余裕のない日本にびっくりしています。「そんな人物を生産しているのは誰だろうか?」。この答えに対して、ひとつの仮定を僕は提示します。

国家主権の理想像も語ることができない日本は、同時に主体性の概念の喪失をしています。気に入らないからとりあえずトランプさん批判をしておけば、国際情勢に関心を持っているような感覚になれる。マスメディアのトランプ報道は、この中身のない“なりきり感情”だけがひしひしと伝わります。アメリカに追従する日本を批判するのに、アメリカファーストを打ち出すトランプさんの保護主義を批判する大分合同新聞と同じように、主体性の権利に気付けない未来志向の方向性を失った“矛盾遊び”をしているとしか見えません。鏡の見方を知らない人が鏡に映る人物に、罵詈雑言を浴びせているような異質な構図を、僕は思い浮かべます。

安易なクレームをする人を創っているのは、実はマスメディアのような気がするのです。

マスメディアから「未来志向の主体性」が含まれない政治関係の報道が続けば、こんな無意味なクレームが入り続けて、良いことをしようとしている人たちの意欲を挫くだけだと思うのですよ。僕がいう主体性というのは、「いちゃもんをつけるよりも、お前の方向性を提示しろよ」を指します。マスメディアの「権力の監視機関だからとりあえず批判する」というおごりこそ、不寛容社会を構築するクレーマーの創始者と思うのです。

「誰であろうと相手の想いを汲む」。情報の源流はマスメディアから始まります。マスメディアがこれを持つだけで、日本は住みよい街になると僕は考えます。主権者教育をしたいのであれば、なおさらです。

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