終戦の日初めて夜の大分護国神社に行く

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僕と大分護国神社との出会いは中学生のときでした。やけに太平洋戦争を日本の侵略戦争であることを平和授業の際に担任教諭が強調することから、疑問が湧いたのがきっかけです。「インド、インドシナ、フィリピンと戦ったんですか?戦ったのは宗主国ですよね?」と僕が疑問をぶつけると「中国・韓国があるじゃん」とヒステリックに叫ぶ女担任教諭。

「いや中国はそうかもしれないけれど韓国は併合であり植民地にしたわけではない。論点をずらさないでインド・インドシナ・フィリピン軍と戦った史実を示してください」というと「頭が悪いんだからもっと勉強しろ」と言われ、かっとなった僕は「おまえ(中学生が先生に言う言葉ではありません)こそ平和授業での慰霊の意味履き違えるなよ」と廊下で押し問答をしました。

すると「親呼ぶぞ」とキーキー喚くので、「おまえの親も呼んで話そうぜ」と熱くなってしまいました。(ほんと我ながら嫌な中学生です。もし日教組という組織を知っていれば「旗持って来いよ」なんて言っていたかもしれません。また「『日教組の幹部連れて来いよ。教員の過労問題に力入れないで選挙やデモの方が大事なん?』って先生に代わって聞いてやるよ」なんて言ってたかもしれません)

その一件以来、期末テストでも70点以上落としたことがないのにもかかわらず、担任の担当教科の評価が1と2を彷徨ったことから、イデオロギーって怖い存在であることを中学生ながら感じたものです。あいつだけはマジでどうかしていると思う。名前晒したくなるほど、いまでも忘れない。

廊下で不毛な押し問答していると、隣の社会科の先生から止められました。その社会科の先生が言うのです。「慰霊の意味はおまえが正しい。だからおまえのその気持ちが報われるために終戦の日には護国神社に行ってみるのかどうか?」と提案されたのが、終戦の日に大分護国神社に行くことになったきっかけです。

護国神社で太平洋戦争が初めて大東亜戦争という別の呼び名があることを知りました。言霊記念館には侵略戦争ではなく、その後独立を勝ち取った国々がインド・インドシナ(インドネシア)・フィリピンだったことが書かれているのをみて、学校でも正しさが薄れることがあることを強く感じました。アジア民族への人権を世界に対して訴えたのも日本が初めてであることを僕は知り、その点は誇りを感じています。

それ以来毎年、終戦の日には護国神社に行っています。言霊記念館に行き、亡くなられた方々の写真と資料をみます。いつの間にかその英霊の方々よりも、僕は年齢を追い越すことになりました。初めて夜間に行ったことから、残念ながら今年は言霊記念館に入ることができなかったことは無念です。

倉山満さんの「日本一やさしい天皇の講座」に面白いことが書かれていました。天皇と武士の間にいる将軍はいわゆる中間管理職であり、人に言い聞かせる法則として「上に対しては権力を誇り、下に対しては権威を使う」。いわゆるモリカケ問題にも通用しており、日本の風習でもあると感じ面白い視点だと思います。これはなにも戦時中にも当て嵌まらないわけではありません。

無謀な作戦を遂行して多数の死者を出しました。人体実験に駆り出された医師の多くは人を救うために医師になったのに、いつの間にか人を殺めるために利用されるようになりました。その背景をいろんな文献でみてみると、多くのマスメディアやヒステリック日教組先生のいう「天皇万歳」といった単純なものではなく、人間関係がそうさせた一面も多い。

無謀な作戦を批判すると「大和魂はないのか」と皆が居る前で叱責されられ、部署を移動させられる。細菌兵器の開発に手を貸したくないことを吐露すると「その後の出世はない」と切り出される。下に対しては権威を使うことによって、結果的に正しかったであろう「自論」を踏み躙ることになりました。冷静になりイデオロギーを乗り越えて対処することができたとしたら。フレキブルタスクがあれば、ここまで悲惨な戦争にならなかったという自論を持っていますが、ものを言わせない風潮があったのは確かです。

戦争をしなければならない理由としての要因は別のところにありますが、悲惨な戦争にしたのはこれに尽きます。僕らはこれを未来永劫ずっと継承し続けなければいけません。学校では原爆や終戦の日に合わせて平和授業をすることになりますが、僕ら大分アダルトにしてみればそれは霞んでしまう日でもあります。

語り手が少なくなっていく
のと反比例するように、戦争の悲惨さを体感した人も薄れていきます。今度は語り手を増やして悲惨さを忘れない人を増やす必要があります。夜に初めて行ったのですがあまりにも人の少なさに驚いてしまいました。逆にいうと駐車場がとても空いていますので、行きやすい環境であることをお伝えしときましょう。

8月15日に大分護国神社にいけば何か感じることができるなんてスピリチュアルなことをいうつもりはさらさらありませんが、終戦の日に何かを考えるきっかけになってほしいです。

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