公益の義務をまっとうしない大分合同新聞がダイヤ改正減便を断行するJR九州に公共交通機関の義務を押し付ける

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JR九州大分県内の駅無人化計画は先送りされることになりましたが、ダイヤ改正の減便は決定しました。それを伝える大分合同新聞の紙面は「公共」の文字が踊り続けました。80代の高齢者は「JRは公共交通なのに利便性を二の次にしている」。大分市から津久見の高校に通う16歳と17歳の高校2年生の女子高校生は「ただでさえ便が少ないのに減便が理解できない。利用者のことを考えてほしい」と公共性の在り方を問う県民の声が掲載されています。

同情し、公共性の意味から見ても理解できる主張です。

ただ国営から民営に変わった今のJRグループは“みなし公共団体”です。ちなみにみなし公共団体を指摘するなら、大分合同新聞も該当することになります。民主主義の基盤を守る意味から見れば、公益性があり公共の在り方を問う団体になります。「そもそも公共性がない企業なんてあるのか?」。こんな思想さえも生まれる概念が公共性でもあります。

その公共の意味から、大分合同新聞の在り方を問うてみましょう。

仮に僕が女子高校生にインタビューした大分合同の記者であれば、大分駅ビルを話題にしてインタビューします。今まで赤字路線でそれを埋めてきたのが大分駅ビルのような副業だったんだよ」と。この事実を知れば、問題解決するためにはJR九州に丸投げでは到底無理であることがわかります。

ここまで説明をすれば、困っている女子高校生であっても「公共手段の在り方とは何だろうか?」という疑問が湧いてくるはず。「自分たちだけは利便性を求めて、企業に丸投げしたり、一方に負担を押し付けるのが公共の正しい在り方なのだろうか?」と。

くしくも大分合同新聞は大分大学で主権者教育をしていたはずです。16・17歳とこれから数年すれば選挙権を持つ年齢です。「JR九州=悪」を仕立て上げる大分合同新聞にとって都合の良い「県民から寄せられる不便の声」になるでしょうが、それ以上は何もありません。

「公共の在り方」を膨らませるのであれば、社会保障の理念に通じます。「自分たちの身を削ってまで困った人を守ろう、最終的には自分にかえってくることなのだから」といった概念に触れる絶好の機会だったのですが、主権者教育をしていたマスメディアはそんなことはどうでもいい。

とにかくJR九州を批判することが重要といったスタンスを取り続けた。主権者として社会構成をする一員になったとき、津久見や大分県を思う気持ちが生まれる。そのインセンティブになり得たのもこの新聞社。しかし何も考えないで気持ち良く叩ける対象に躍起になり、未来を構成する一員になれる減便で困っている女子高校生をただの批判者に仕立て上げました。僕が主権者教育をしている大分合同新聞の記者であれば、絶対にこんな意味のないことをしませんし、インセンティブを与える努力を怠りません。

「大分の未来を若い世代に考えてほしい」。ジャーナリズムとしての責務です。

今回の騒動で理解できないのは、自治体や自民党の国会・地方議員までも一緒になって批判しているところ。自分たちに批判が向けられないことに調子に乗る首長や国会・地方議員である行政と一体化し、マスメディアも一緒になってJR九州だけを批判する。権力の監視機関が「公共の在り方」を考えなければならない行政と一緒になって、JR九州を批判する構図。行政やマスメデイアの終末時計は、もう残り数秒の危機的な状況です。

大分合同新聞自転公転には「JRは本業に力を入れてほしい」と書いていましたが、その副業で本業の赤字部分を補填していた事実を県民に伝える責務があるのが大分合同新聞のはず。赤字路線を抱えながら公共交通機関としての責務を負わせることも、法整備として国会議員はできることがある。その流れを生むことが地方自治体の議会からも可能。しかしこの流れはなぜか生まれない。だからまったく理解できないし、未来もまったく感じない批判だと呆れています。

JR九州が減便しないといけない理由に触れられたら困る行政とマスメディアによる定款でもあるのでしょうか?こんな荒唐無稽なことを考えてしまうほど、この批判マップを自ら構築する大分マスメディアの大本営大分合同新聞に落胆しています。

17日の紙面には「公共交通機関とはどうあるべきか。JRはその役割を再認識する必要がある」と批判していますが、本来であればJRだけではなく自治体や僕ら市民も含めないといけないのです。そうしないと問題は解決できません。そして最終的には廃止のカードをJR九州は持っていることを忘れないでほしい。「公共の責務を果たせないマスメディアがJRには公共の在り方を問う」とんでもない方向性で、大分を考えている危機的な状況だと危惧します。

ひとつ希望があるとするなら、減便を容認できない川野津久見市長になるでしょう。僕も同じ意見を述べさせていただきましたが、県と他自治体と連携してJRと三位一体で利用者増を図る方向性を持つ建設的な意見ができる首長もいます。

川野津久見市長は、マスメディアとしての役割をまっとうできない大分合同新聞と市民サービスの向上心もない行政があつらえたJR九州を敵に仕立てる未来がない駅に向かう電車には乗らず、あくまでも未来がある終着駅のレールを用意する。大分論壇は川野津久見市長のこんな姿勢を歓迎します。

「公共の在り方」を考える建設的な意見を提示できる首長の存在。企業だけに公共性を丸投げをすることを推奨する公益の義務を持つマスメディアと行政が県民に思考停止を推奨している大分で、こんな首長がいることは、まだJR九州と協議し未来を創れる可能性があると思います。

僕らは川野津久見市長のような方向性を捨ててはいけません。そのうえでJR九州を批判するべきです。

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