大分譚誌

2019年大分市の桜開花を勝手に宣言 次の予想発表が早まりそう?

2019年大分市の桜開花を勝手に宣言

2019年3月8日に桜の開花を確認

大分地方気象台の標本木ではないことから、公式ではありません。公式は大分地方気象台から発表されたkinkikids好きのNHK大分木村気象予報士やTOS大波多美奈気象予報士からの解説をお待ちください。

でも勝手に2019年大分市の桜開花(しそう)を個人的宣言します。

大分気象界隈と対峙するウェザーニュースにでも報告しようかなと思っていますが、やっぱりゆうこりんを忘れられないので迷っています。

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週間SPA!から派生する僕とヤリたい女子大生(元)と性行為の同意

週間SPA!のヤレる女子大生の大学ランキングで、各方面から抗議活動が広がっています。#Me Too運動を取り上げる大分合同新聞は、過去県内女性を含む女子中高校生にもスリーサイズを聞いていましたが、その過去に振り返ることなく女性の権利を叫ぶ。

女性記者を守った新聞労連、それを担ぎ上げたBuzz Feedに大分合同の問題を告発しましたが、無視されました。整合性がない女性の権利がマスメディアから叫ばれ、なかなか本質にたどりつけない日本社会。

ヤレる女子大生からちょっと思うことがありますので、随筆「僕とヤリたい女子大生(元)」のお話をしましょう。

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杵築市立図書館が読書手帳を導入!年末の本物語について語ろう

全国に広がりつつある読書手帳を導入した杵築市立図書館が羨ましい。でも落とした時、僕は困るかもしれません。「性愛英語の基礎知識」、「悪魔と悪魔学の事典」とか記帳されている。

もう危ない。

高校時代の村上春樹さんの読書歴が公開されたことがありましたが、これは立派なプライバシーの侵害になりますので見つけた方はそっと職員に渡す杵築であってほしい。

それはさておき、27日から年末の本物語が始まります。

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続・大分の女子高校生が信号機のない横断歩道で渡るのを待っていることから始まるスカート備忘録

彼女は僕の車に難癖をつける。女子高校生のスカートへの高揚は自分の軽では感じることができないと妻ちゃんは結論づけた。その理由こそが僕の車にあるようだ。僕は車高が低いMTの車を乗っている。結婚前から乗っており、彼女の軽と一緒に僕らの生活に加わった車である。

「女子高校生のワルツを踊るスカートのために車高が低い車を買ったの?」

「女子高校生のワルツを踊るスカートのために車高が低い車を選ぶのは坊やのすることだよ。この車にスカート姿の君が乗ると白い太ももがいくらかのぞかせるんだ。そのためでもある」と僕は反論する。

「あら変態。それにしても着衣のおっぱいを語るのは、坊やのすることじゃ無いの?」

完全に彼女のペースであるので、挑発に乗らないことにした。しかし妻ちゃんのペースは止まらない。ワルツを踊るスカートを見るたびに、楽譜に音符をつけるように声を発する。急に妻ちゃんは熱意を込める。

「パンチラじゃなくてチラパンにしよう。チラパンっていうとパンチラの格調がなくなったような気がする。チラパンって名称を変えたら盗撮減りそうな気がしない?動物みたいだし」

まったくしない。まるでわかっていない。あいつらの盗撮動機なんてわかりたくもないけれど、チラパンで盗撮が減るなんてことは起きない。問題は「見えないものを見ようとすること」であり、「本来は見えないものがなんらかの力が働いて見えてしまった」ことと次元が違うのだよ、妻ちゃん。

僕は「すげーよ」と敬愛をこめて笑いながら反応した。ここまでラッキースケベから女子高校生のスカートを語ることができる女子っていない。大分の女子高校生のスカートを守りし者だ。

彼女のスカート談義は止まらない。彼女は僕らの高校のスカートが踊るワルツの話を始める。

そこまで短い生徒はいなかった高校だけど、長いからこそスカートのワルツを抑制するのが難しいことがある。ただ反射の時間は圧倒的にこちらが有利だと妻ちゃんが見た女子高校生のさまざまなスカートに劣位を指摘するが、制服のかわいらしさは負けていると認める。「でも夏服はセーラーって感じでかわいいよね?スカート丈でかわいいは測れないよね?」と僕に同意を求める。頭が回転している音が聞こえてきそうなくらい女子高校生のスカートを語る人妻。

「あ、女子高校生のスカートで思い出した」と軽く手を叩く。もう思い出さなくていい。

風によって膨らむことで困った体験「魔の橋」についても語り始める。彼女が語る「魔の橋」から僕がひとつだけ学んだのは、大分の女子高校生にとって難所であること。しかし彼女の愛読書トーマス・マンの魔の山のように言うのをやめてほしい。

パンツスタイルの制服を提唱すると「わたしはスカートしか穿かない。スカート穿きたくない女子もいるから選べるのは良いことだけど、わたしは絶対スカートを選ぶ」と譲らない。よくわからなくなってきたので「じゃ僕もスカートを穿きたかった」というと「うふふ」と笑う。

きっと彼女は唇を巻き込んで笑っているはず。僕は前方とミラーしか見ていないのでわからないけれど、どんな表情をしているのかは返事で大体検討がつく。彼女がそんな表情をしたときは満足したとき。視野を広げると、スカートにワルツを踊らせる自転車に乗る女子高校生のゾーンを抜けた。

対象がいなくなれば、関心がなくなるのが世の常だ。だから僕は書き続ける。

大分の女子高校生が信号機のない横断歩道で渡るのを待っていることから始まったスカートについての考察

新しいことを始めます。

その名も「大分譚誌(おおいた(た)んし)」。僕の大分での日常を物語にします。

土日だけに限定した試験投稿です。長くなった場合、週をまたぐこともあるかもしれません。

僕は大分大学と大分リベラルが人権侵害をしてでも、保守だけには認めない表現・思想・言論の自由を大分で守りたい。本質を無視しイデオロギーの好き嫌いで人権の定義が恣意的に変化するような大分を僕はけっして容認しません。それを許す大分の知性を軽蔑します。そのための大分譚誌です。

風の強い日だった。

大分のスカートが短めな女子高校生が信号機のない横断歩道で車の流れが途切れるのを待っていた。横断歩道で待っている歩行者というと大分合同新聞の東西南北を思い出す。信号機のない横断歩道で待つ歩行者がいるのに車が止まらない。僕は歩行者が待つ横断歩道を見ると、いつもこのコラムを思い出す。

それと同時に横断歩道の前で車を停めるときに思うことがある。後続車との関係もそうだが、対向車の存在だ。こちらがどんなにマナーを守ろうとしても、対向車との相性が悪ければうまくいかない。最悪事故の可能性もある。以前僕がこのようなことを言うと、妻ちゃんは「体の相性みたいな言い方だね。わたしに不満なの?」と返してきたことがある。自分を卑下した想像力が豊かだ。

バックミラーを見ると後続車はない。対向車には数台連なっているのを確認。ただ横断歩道までの距離がある。僕は彼女らが通過したい横断歩道の前で車を停める。ぺこりと頭を下げる自転車を押す2人の女子高校生。対向車は止まりそうにないことから、彼女らに向けて手のひらで合図を送る。彼女らは察しがよく、僕の対向車に視線を向ける。

かなり距離があったはずなのに止まらなかった車。後続車が止まり、後列の車もそれに従う。差し出した手のひらを返し「どうぞ」とすると、彼女らはお辞儀をし対向車にも同じ仕草をする。声が聞こえそうな笑顔をする女子高校生。「9年ほど前わたしたちにもあんな時代があったんだよ、かわいい」と妻ちゃんは言う。

なぜ妻ちゃんはこの新学期の春に彼女らの年齢を18歳と決めつけたのか?ここに一桁と二桁の熾烈な争いがあると考える。18歳であれば一桁で遡ることができる。しかしそれ以下になれば選択肢はない。二桁が待っている。彼女は瞬時にプライドを見せたのだろう。

妻ちゃんが体の相性を想像する横断歩道を通り過ぎると、気持ちよく車を走らせることができた。しかし彼女はある発見をするたびに声を上げる。妻ちゃんは言う。自転車に乗っている女子高校生のスカートがワルツを踊っていると。Mr.Childrenの櫻井さんを敬愛していることから、そこから引用した表現を使って「見えそう」になるたびに声をあげるから困ってしまう。助手席にいると、女子高校生のスカートにヒヤヒヤするけれど、なんかわくわくすると。

捕まっちまえよ、妻ちゃん。

大分県議会にラッキースケベを見たら罰金の条例を作る運動に協力したくなるほど、そう思った。でもこんな条例ができたら、僕はきっと後悔するだろう。