大分合同新聞が報道の不自由を嘆いている

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3日の大分合同新聞の東西南北が報道機関の役割のひとつが権力の監視であり、政権を批判するのは当然であると主張している。「安部政権で行われている」とマスメディアが主張する一連の報道機関への圧力が、平和である日常に影を落としていると嘆いていた。

大分合同新聞によると、フランスにある国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」が公表した2015年世界報道の自由度ランキングで日本は前年より2つ落とし61位。その要因となっているのが、特定秘密保護法の施行や首相官邸批判をしたテレビ朝日幹部に対する聴取、総務省高市大臣の電波停止発言であると、安部政権を批判している。また「民主党政権時は11位だったこともあるのだが・・・」と興味深い発言も残している。

ちょっとみなさん考えてほしいことがある。

監督官庁に対して「こんな法律がありますが、もし抵触した場合どうしますか?」と質問したとしよう。その時監督官庁が「見逃します」なんて言えば笑いものになる。法治国家である日本として高市総務相の発言は妥当であり、それに噛み付くなんて当たり屋のようなマスメディアの現状がある。まずはそんな法律があるんだから守らなければならないのであり、それがおかしいのであれば正当な反論として、「法律を変えなければならない」と発言するのが、ジャーナリズムの真の姿だろう。

特定秘密保護法である国民が知る権利を阻害する存在がランクを落とした直接的な原因であるが、下落傾向も民主党政権時。東日本大震災による政府による報道規制が起因となって落ちたはず。もっといえばランキング下落の起因はマスメディアの姿勢もある。政府中心の情報源になり、それを鵜呑みにして報道するマスメディアの姿勢、そして報道機関の企業コンプライアンスによる、安全上の問題から自社の記者を派遣せず、危険な地域にはフリージャーナリストばかりになるという日本マスメディアの構造的な問題も起因のひとつ。自らランキングを下げている行動をしているとは、まったくおもわないところが不思議だ。世界報道自由度ランキングのレポートには、そのようなことも書かれている。

今回の東西南北で「民主党政権時は11位だったこともあるのだが・・・」と本音を漏らした大分合同新聞。マスメディアの役割のひとつが政権を批判することと、“合同さんかっけええ”発言をしたが、その真意は日本を良くしたい一心だろう。そうであれば、大分一区から選出されている民主党吉良州司先生の買春疑惑に対して大分で報じないのはなぜだろうか?安保法制を戦争法とはしゃぎ回った大分合同新聞が、北朝鮮の核実験反対決議を欠席した民主党足立信也先生を糾弾しないのはなぜだろうか?

政権を批判するのが役割であれば、その政権を打倒する野党議員の襟を正すことに着手するのもひとつの方策。それができない大分合同新聞。これで日本が良くなるとは到底考えにくい。報道の自由を嘆いているが、報道しない自由を行使する、なんとも滑稽な姿勢を見せる大分合同新聞。結局最後はブーメランが返ってきて、ダブルスタンダードであり、その思想が垣間見れるだけである。大分合同新聞の「民主党政権時は11位だったこともあるのだが・・・」発言は、こういう見方もできるだろう。

自分たちの都合の良い場所にしか言及しない大分合同新聞。ちなみに高市総務相の発言ばかりに着目されるが、民主党政権時の総務省副大臣も電波停止発言をしていることを書かない辺り、歪曲している姿勢が見える。“メディアリテラシー”という言葉があるが、視聴者にこそ、それを読み解く姿勢が求められて
いる時代になった。「民主党政権時は11位だったこともあるのだが・・・」と発言するような“公正な大分合同新聞”がある大分に住むみなさんに、そのマスメディアが発信する情報を読み解く姿勢を持つことを推奨したい。

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