別府市生活保護でパチンコと県幹部の不適切ブログからみるイデオロギー路線批判の行く末

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別府市のパチンコ生活保護停止は法的根拠がないと国や県からの指摘で撤回することになったが、その違法性を指摘していた九州沖縄生活保護ネットワークは別府職員が人権侵害をしているとも主張していた。僕はこれが不当なレッテル貼りであると、大分県民として別府市職員を擁護したい。

別府市と九州沖縄生活保護ネットワークの主張は、どちらの主張も法が掻き消しており相殺する事案だ。それを一方的に別府市職員が人権侵害をしているなどとレッテルを貼られる不当な大分であることに我慢できない。法的根拠がないと国や県から指摘されたことで、市が撤回することになった。双方の主張と考え方も理解でき、良い社会にしたい表れであるのに、これだけで人権侵害の認定に値しないだろう。長野別府市長もこの点だけは否定してほしい。別府市職員に向けられた不当なレッテル貼りから守ってあげるべきだ。良い別府市にするために働いている職員に対する侮辱を許してはならない。

林野庁から出向している県幹部の男性が書いたブログが表現方法などが不適切とされ、公私混同しているのではないかとオンブズマンに目を付けられている。県幹部の男性も「表現方法に問題があった」と陳謝しているが、その表現方法だけに捉われてよいのだろうかと僕は思っている。

日本死ね」で待機児童と保育園問題が国の早急な課題として挙げられることになったが、ここでもやはり表現方法が問題である指摘も多数あった。だが本質を無視してはいけない問題だ。政党名が変わる党が鬼の首を取ったように力を入れているが、これは国全体で取り組むべきであり政争にするべき問題ではないだろう。大分はどうだろうか?県幹部ブログの本質を見極めないで、表現方法と公私混同ばかりに視点を置き、県幹部の主張したいことを読み取ろうとはしない。マスメディア含めて県幹部を陥れようとしていた大分があった。

みんな良い大分にしたい一心であるのに、いくつかの勢力が揚げ足をとるように問題を見つけて本質を語ろうとしない。僕も不当な差別指摘を受けたことがあるのでよくわかる。運営交付金を得ている場所であるのに、こんな行為が許されるのかと憤慨している。社会的に地位が高い場所からの差別指摘効力は、凄まじい威力を持つ。九州沖縄生活保護ネットワークの法律に強い弁護士の先生が人権侵害と指摘することで、社会をよくしたい志を持つ別府市職員がどのくらい傷ついただろうか?公務員の監視は大切だろうがその問題にする本質は、“そこだけ”で良いのか?問題を解決しようとする人間の揚げ足をとって、一方的に攻撃を加えるイデオロギーが我慢できない。

イデオロギーだけで社会問題をみることからそろそろ卒業するべきだ。

自身のイデオロギーを正当化させるために、安価に手にできる理論武装を知っているだろうか?それは差別や人権、政権や公務員批判である。正当な評価をせずに、皆で貶めることができる魔法の武器だ。

イデオロギーという主張を隠して社会を良くすることができない活動家やマスメディアがあまりに多く、すぐに白黒付けて政権批判や公務員批判に繋げようとする。人権侵害を主張するなら慎重に行ってほしい。公金に目を付けるなら公正に判断してほしい。望むことは社会や弱者の保護ではなく、自身のイデオロギーを守りたいだけ、気に入らない者を排除したいだけに見えてくる。

民衆はそれに気付きつつある。イデオロギーが垣間見える主張に辟易する人がこれから増えることに彼らは危惧するべきだ。それが多数を占めれば問題提起した者を受け入れる社会に疲弊を招く。「また何か言っている」が始まるのだ。本質を捉えた主張の声に傾聴できる耳を持つ人たちが、少数になる事態にもなりかねない。少数派排除の歯車に潤滑ローションを、弱者の保護や正義を主張したい人たち自らの手でさしているように僕には見える。そうなったときの社会を想像してみてほしい。

僕らが抱えている社会問題解決への弊害は、イデオロギーだと考える。

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