大分合同新聞「安保法は抑止力になっていない」論説は県民に必要か?

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安保法に反対する人たちが国民の多数であると大分合同新聞は主張するのだが、なら野党共闘なんか必要ないと思う僕だ。「北朝鮮の横暴からみると安保法は抑止力になっていない」と大分合同新聞は最近好んでこのフレーズを使うが、この論調で何を学べるのか?僕にはさっぱりである。

北朝鮮が核実験とミサイルを飛ばしていることで、安保法はまったく抑止力になっていないというのは当然である。周辺国に何もできないのだから抑止力になるはずもない。大分合同新聞がこれを良く知っているはずなのに、いまさら感が強い論説である。APUの先生方は、安保法が施行されても今と大して変わらない、戦争はおろか抑止力にもならないことを大分合同新聞の記事で述べている。どうやら、もう忘れているらしい。

僕が敵対国の人間であれば、安保法制国会の騒ぎに手放しで喜んだと思う。脅威にならない安保法制をマスメディアが一緒になって戦争法と騒ぎ、賛成派と反対派が唯一共通認識として考えることができる「アメリカなしの日本」に論点が向かなかった。敵対国の僕は「ラッキー」とニヤニヤしていただろう。

抑止力を違う方面から見てみよう。オバマ大統領はノーベル平和賞を受賞した。北朝鮮の横暴だけではなく、世界はISの脅威に晒されている。北朝鮮やISから見れば、ノーベル平和賞が大掛かりな軍事介入をできなくする抑止力とも見ることができる。世界的権威がある賞をもらっているオバマ大統領は、大掛かりな軍事介入に踏み切るなんてできるはずもない。ノーベル平和賞を受賞してからのアメリカは明らかに弱体化している。その表れであるのが、熱狂的な支持を集めるトランプさんになるだろう。

強さを求めてトランプ支持に走るアメリカ国民。そんなことはないと思うが、仮に大統領になるようなことがあると、在日米軍の撤退をちらつかせているのがトランプさん。“戦争法の舞”で騒ぎまくった方たちは喜ぶかもしれないが、アメリカなしで今から日本を守る用意をするとなると莫大な予算と時間が必要になる。僕らは安保法制国会時、“戦争法の舞”ではしゃぎまくっている余裕など決してなかったと思い知らされる時が来るかもしれない。トランプ大統領が誕生したときに、日本国民が嘆く未来と去年の夏のツケを払わされる時が来るかもしれない。

アメリカに依存していることを見直そうとしなかった、またアメリカ議会の転換という当然のシナリオを考えることができなかった。ご都合主義でラップを披露し、労組の旗を持って「安部は○ね」と同調した永田町の夏があった。それを先導したのがマスメディアである。今更抑止力なんて書ける大分合同新聞からわかるのは、中身ある議論に参加できていなかったなによりの証拠だろう。

抑止力をいうのなら、ここまで考えることができるのがジャーナリズムだと僕は思うし、このようなことが新聞ではなく、ネットメディアしか流れないことを嘆く。だからこそ日本のマスメディアがしていることは間違っていたと認めるべきだ。僕は大分マスメディア、特に大分合同新聞から発するジャーナリズムに辟易している。論説や東西南北を楽しみにしている人のなかに「新聞が書くことだから絶対」として読む人がいることを、大分合同新聞は少し考えてほしい。

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